●片山杜秀著『歴史は予言する』/新潮社/2023年12月発行 週刊新潮に「夏裘冬扇」というタイトルで連載したコラムを収録した新書である。「夏裘冬扇」とは柿本人麻呂の歌から採ったもので、「仙人は夏にも冬にも獣の厚い皮のコートと扇子の両方を持っている」という意味らしい。浮世離れした仙人のように、斜め目線で妄言を述べるとの趣旨である。 今を思いながら遠い昔を描くという前口上にもあるように歴史的な視点を織り込みながら現在を語るのが本書の基本スタンス。「歴史は予言する」という命題じたいは歴史を学ぶことの意義を説いたありふれた認識でとくに斬新なものとも思えないが、個々のコラムにはなるほどと思わせるものがある。 安倍内閣が長く続いた理由を「この国が下り坂に入っているのに、国民多数がその事実を認めたくなかったせい」というのは一面の真理を言い当てているだろうし、ホワイトカラー系正社員文化は大正時代からたかだか一世紀の歴史しかないという指摘も興味深い。 というわけで、それなりに学びのある新書には違いないけれど、読書の楽しさを存分に味わったというほどの読後感は得られなかった。斜め目線というよりも斜め上から見下ろすような語り口調はやはり私には嫌味に感じられ好きになれない。
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by syunpo
| 2024-03-05 08:05
| 歴史
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●黒田杏子著『八月』/KADOKAWA/2023年8月発行 博報堂を定年まで勤め上げた俳人の最後の句集。杏子が主宰していた結社「藍生」の有志によって死後刊行された。交流のあった俳人や文学者の名がよく出てくる。師事していた山口青邨をはじめ金子兜太や瀬戸内寂聴といった人たちだ。 生涯のわが師山口青邨忌 語る兜太歌ふ兜太山紅葉 作家僧侶更に俳人寒明くる 瀬戸内寂聴が、黒田杏子の句から「私はいくつも短編小説になる核をもらった」と述べているように、互いに刺激しあいながらそれぞれの道を歩んでいたことがうかがいしれる。また永六輔にちなんだ句として「男のをばさん女のをぢさん晩夏」もヒューモアを感じさせて愉しい。 「九条葱美し関東の葱甘し」は、代表作といわれる「白葱のひかりの棒をいま刻む」を思い出させるし、「あらたまのカマラ・ハリスの立姿」のような時事的な一句も悪くない。 クロモモと呼ばれ親しまれた俳人の他の句集も読んでみたいと思った次第である。
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by syunpo
| 2024-03-04 06:41
| 文学(詩・詩論)
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●ルビー・ブリッジズ著『ルビーの一歩 私たちすべての問題』(千葉茂樹訳)/あすなろ書房/2024年1月発行 著者は一九六〇年、白人専用の小学校に全米初の黒人生徒として入学した女性。大人たちが激しく抗議するなか、毎日四人の連邦保安官に守られて通学した。勇気をもって人種差別撤廃への第一歩を踏み出し、その後、公民権活動家となって活躍しているルビー二冊目の本。巻頭で、この「平和の手紙」を米国下院議員で公民権運動の象徴的存在だったジョン・ルイスに捧げると言明している。 見開き左に小文、右に写真を配したシンプルな作り。ルビー自身・家族の写真のほか、当時の黒人差別の状況や、その後に大きなうねりとなる公民権運動、昨今のブラック・ライブズ・マターの運動を写し撮ったたものまで、ビジュアル的にも黒人をめぐる六〇年以降の米国社会の変遷をたどる構成になっている。 「未来を動かすかもしれないできごとは、しばしば過去のできごとのなかにある」。後半部に記されたルビーの言葉がひときわ印象的だ。「人種差別撤廃」という規範が当たり前のものとなるまでには、差別されてきた当事者による命がけの闘争が繰り広げられなければならなかった。コンパクトにまとめられているが、その事実がよくわかる一冊である。
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by syunpo
| 2024-03-01 09:39
| ノンフィクション
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●上野千鶴子、小島美里著『おひとりさまの逆襲 「物わかりのよい老人」になんかならない』/ビジネス社/2023年5月発行 上野千鶴子は二〇二一年に『在宅ひとり死のススメ』で、おひとりさまでも最期まで在宅で過ごせるようになるためにはどうすればよいかを利用者の立場から論じた。それに対して「そんなの無理」と言ったのが小島美里である。 本書のメインテーマといえるその論点は後述するとして、前半部でまず上野が団塊世代のエイジズムを指摘しているくだりが興味深い。具体的には「役に立たなくなった人間に対する差別感」としてそれはあらわれる。彼らが年を取って障がいが固定したとき、障がい者手帳の取得を拒否するケースがあるというのだ。「あの人たちと一緒にされたくない」と。つまり障がい者と高齢者の間に壁がある。その話を受けた小島の発言が素晴らしい。 私はエレベーター設置運動のときに、車椅子の友人に付き添って駅まで行きました。彼らがほんとうに体を張って駅のエレベーターが設置されたんです。今の高齢者はそのことを知らない。介護保険も自立支援も、障がい者自らが勝ち取ってきたものの上に成り立っているじゃないですか。この本でも、ここはとくに強調してほしいのですが、彼らがどれほどの思いをして築き上げてきたところに私たちの暮らしが乗っかっているかということに気がついてほしい。(p74) ……ほんとうに命懸けでした。自らの体を投げ出して、交通権を獲得していった人たちがいて、今、駅のエレベーターやワンステップバスが実現したんです。その人たちのおかげで、私たちが高齢者になった今バスに乗りやすくなったのです。団塊世代の人たちは何ごともなく働いてきたかもしれないけど、これからあの人たちがつくったもののおかげをこうむって生活していくんだということをぜひ自覚してほしい。(p74〜75) さて冒頭で紹介したメインテーマをめぐる議論へと話をすすめよう。上野は二〇〇〇年に導入された介護保険制度を高く評価する。介護保険二十三年間の歴史は、確実に日本の介護現場の人材とサービスを進化させた、と。だからこそ在宅ひとり死も可能という選択肢が登場したというのが上野の認識である。 対して小島は、現在の介護保険制度のままでは在宅ひとり死はできないという。ただし自分自身は「できることなら在宅ひとり死を望みます」。 二人の考えにさほど隔たりがあるとは思えない。問題はどこに力点をおくかである。上野は理論的には可能だといい、小島は現場の経験からひとり死の困難を強調する。「訪問ヘルパーの絶対数が足りないので、必要なだけのケアを入れられない状況が起きてい」るという小島の現場からの声は具体的であるだけに切実だ。 いずれにせよ、介護保険制度は導入以来いかに骨抜きにされてきたかという点では二人の認識は重なりあう。国はあの手この手で介護保険の利用抑制を図ってきたのだ。二〇二二年秋、「自己負担の標準二割化」「訪問介護、通所介護の総合事業化」などを盛り込んだ「史上最悪の改定」が目論まれようとした際に、上野や小島は手を携えて抗議のアクションを起こす。その結果、改悪の内容は「先送り」された。だが、あくまでも「先送り」なので、いずれ制度改悪の動きは再燃するだろう。 棄民国家ニッポンの姿をきちんと見据えたうえで声をあげ、介護の現場を知らない政治家にノーと言おう。
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by syunpo
| 2024-02-29 06:53
| 社会全般
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●高橋和夫著『なぜガザは戦場になるのか イスラエルとパレスチナ 攻防の裏側』/ワニブックス/2014年2月発行 二〇二三年一〇月七日、ガザ地区を拠点とするイスラム組織ハマスの攻撃により、千人を超えるイスラエル人が死亡した。それを契機にイスラエル軍によるガザ攻撃が始まった。今なお続くイスラエル軍の攻撃は執拗で、国際的に非難が高まっているのは周知の事実である。 なぜガザは戦場になるのか。中東研究者の第一人者・高橋和夫がその歴史的背景を解説する。まえがきに結論めいた文章が記されている。 問題は二〇二三年一〇月のはハマスの奇襲によって発生したのではない。イスラエルとエジプトによるガザの封鎖とヨルダン川西岸地区の長年の占領こそが、その背景にある。占領の問題を集約しているのが、ユダヤ人入植地の拡大だ。 テロを生み出したのは、封鎖と占領という構造的なテロであり、抑圧であり、暴力である。(p4〜5) 本文でそのことが具体的に詳述されていくのだが、高橋の筆致は終始明快だ。 高橋はかねてから「日本での中東理解は宗教過多に陥りがち」であることに注意を喚起してきた。たいていのことは政治や経済的な観点の方が重要なことが多く、宗教抜きでも理解できるという認識は『中東から世界が崩れる』のなかでも強調していた点である。本書でもそのスタンスが維持されている。パレスチナ問題は宗教が原因で起きたものではないが、紛争が長く続いたことで宗教的な人々を巻き込んでしまったという指摘は重要だ。 ヨーロッパのユダヤ人たちがパレスチナに移住を始めたのは一九世紀末である。自分たちの国を創るためであった。パレスチナの地にユダヤ人の国家を建設する。その運動をシオニズムと呼ぶ。当時の世界的潮流を振り返りながら、シオニズムが一九世紀の三つの風、すなわち民族主義、帝国主義、社会主義を追い風にしたという分析は興味深い。 だが、ロシアや東ヨーロッパで迫害されたユダヤ人の多くはアメリカに移住した。シオニズムは結局アメリカン・ドリームに完敗したのだった。 パレスチナに建国されたイスラエルは紛争の種になり、中東では幾度も戦争が発生したのはよく知られた事実である。イスラエルは戦争には強かったが、領土や植民地を増やしていくことで周囲との対立も激化していく。その間、アメリカは一貫してイスラエルを支持してきた。アメリカに移住したユダヤ系の人々は政治の世界で大変な成功を収め、彼の国での影響力を拡大してきたからである。 本書は、アメリカという視点からの中東論であり、中東という観点からのアメリカ論であるといえる。中東とアメリカの歴史を振り返ったあとに「パレスチナに平和をもたらすために必要なのは、イスラエルの譲歩である」と結論する理路は整然としている。 「この紛争で土地を奪われ人間としての尊厳を無視され続けてきたパレスチナ人の側には、もはや譲るべきものは何も残されていない」。 橋下徹は「戦争指導こそが政治家にとって最も重要な能力。合理性のない威勢だけの政治は国を滅亡に導く」と述べている。なるほどイスラエルという国家をみると、そのような考えの国民が多いように見受けられる。イツハク・ラビン、アリエル・シャロン、ナフタリ・ベネット、ベンヤミン・ネタニヤフ……。歴代首相に多くの元軍人が名を連ねるイスラエルの歴史と現状をみると「戦争指導こそが政治家にとって最も重要な能力」などという考え方がいかに危ういかよくわかる。
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by syunpo
| 2024-02-26 08:20
| 国際関係論
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