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協力社会への道〜『「希望の島」への改革』

●神野直彦著『「希望の島」への改革』/日本放送出版協会/2001年1月発行

協力社会への道〜『「希望の島」への改革』_b0072887_1155271.jpg 財政学とは、一八七〇年代のドイツで「大恐慌」の救世主として誕生した学問だという。その日本における継承者の一人である神野直彦がこれからの日本社会のあるべき姿をまさに財政学の見地からわかりやすく提起したのが本書である。
 当然ながら新自由主義的な市場原理主義や中央集権型政治は否定され、敗者が淘汰されていく「競争社会」ではなく「協力社会」創出に向けての改革ビジョンが提起されている。

 財政学によれば、社会を構成するのは「政治(=財政)」「経済(=市場)」「社会(=共同体)」の三つのサブ・システムである。二〇世紀には、市場経済の領域が急速に拡大したために政治システムや社会システムとの相互補完関係が崩れてしまった。市場での敗者はただちに生活の不安に直面することになったのである。
 そこで政治システムによるセーフティ・ネットがより重要性を帯びてくる。一つは賃金代替の現金給付に象徴される社会的なセーフティ・ネットである。もう一つは新しい産業構造を支える生産の前提条件を整える社会的インフラネットの整備である。

 この二つのセーフティ・ネットの張り替えを実現していくためには、政治システムの再編が不可欠である。それは端的にいえば「分権型社会」ということになる。より生活の現場に密着したニーズを吸い上げていくためには、中央政府から地方政府への分権が必須である。さらに社会保障基金を政府として位置づけることも重要である。つまり協力社会における政治システムでは「中央政府」「地方政府」「社会保障基金政府」の三つの政府体系を形成することが必要なのである。
 そうした分権型社会の実現のために、本書では地方政府に「歳入・歳出の自由」を担保する税制改革や年金制度改革などについても具体的な提案がなされている。

 現在、日本が直面している不況は循環型のそれではなく、時代転換期におけるものである。したがって「歴史の峠」を越えていくための産業構造の転換を図っていかねばならない。それはよく言われるように重厚長大産業から情報産業・知識産業への転換を機軸とするものである。ただし、新たな時代にあっても「人間が自然に働きかけ、自然から有用物を取り出すという経済の本質」が変化するわけではない。「人間が自然に働きかけ、自然から有用物を取り出すことを制御する情報のあり方」が変化するだけである。そこでは、ヒューマンウェアすなわち人間が人間としての能力をよりよく発揮できる環境がこれまで以上に望まれるのだ。
 そのような社会は「競争」ではなく「協力」することによってしか実現されない。それが本書における神野の核心的な認識である。

 本書刊行と同時期に成立した小泉純一郎政権は、国民の痛みを伴う構造改革を推し進めた。それは字面だけみると本書における「政治システムを構造的に再編成することが求められる」(p175)、「改革には必ず苦痛が伴う」(p199)といった言い回しと奇しくも符合する。だが、その改革の中身はまったく異なったものであることはいうまでもない。
 小泉政権で為された中途半端な地方分権や構造改革の負の側面が顕在化しつつある今、神野の主張には耳を傾けるべき点が多々あるのではないだろうか。
by syunpo | 2009-02-27 11:15 | 政治 | Comments(0)
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