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利権政治の温床〜『道路をどうするか』

●五十嵐敬喜、小川明雄著『道路をどうするか』/岩波書店/2008年12月発行

利権政治の温床〜『道路をどうするか』_b0072887_18461566.jpg 日本における公共事業の問題点はいくつもある。
 事前調査がいい加減なまま採算性の低い計画であってもしばしば立案され実施されること。政官業の利権・癒着構造が根をおろしていて談合などで事業費が割高になる場合が多いこと。中央政府と地方政府との相互依存関係が強固で、公共性に疑問のある事業を絶ち切る政治判断を困難にしていること。
 ……他にもいろいろあるだろうが、以上のような問題点をすべて抱え込んで「暴走」を続けているのが本書のテーマである道路行政なのである。

 道路行政のなかでもその歪みや不公正の根源ともなっているのが、道路特定財源制度である。二〇〇八年の「ガソリン国会」では、この道路特定財源制度と暫定税率の問題が俎上にのせられ、野党の追及によってその歪みが断片的に表面化したものの、根本的な改革はなされないまま今日に至っている。

 道路整備の推進を特定財源によって図る道路特定財源制度は、道路整備臨時措置法に基づくもので、「戦後の道路行政、あるいは道路利権を中心としたこの国のあり方に大きな影響を与えた」ものとして特筆される。
 特定財源制度は、財政上、問題の多い制度としてできるだけ排除するのが原則である。それは財政の硬直化をまねき、当初の目的を達した段階になっても財源維持のため必要のない支出を促すことになりがちだからである。現にわが国の道路特定財源制度はそのようなものになっている。「ガソリン国会」で、道路整備とは直接関係のない費目、出先機関の職員の人件費やカラオケセットやマッサージチェアの購入にまで使われていたことが明らかになったのは記憶に新しい。

 また本書では、道路整備のベースになっている全国総合開発計画や個々の道路建設事業などが「閣議で決定されればほとんど法律と同じような効力をもつ」こと、つまり国会のチェックがきかないという問題点を繰り返し指摘している。この仕組みにより道路官僚や道路族議員たちは御用学者を操りながら随意に道路建設をすすめてきた。その結果、赤字まみれの高速道路が各地に乱造されることになったのである。

 さらにもう一つ忘れてならないのは、旧建設省道路局が地方自治体を借金に縛りつけるシステムをつくったということである。
 一般に地方の道路予算は「国直轄事業」「国庫補助・地方道路整備臨時交付金事業」「都道府県単独事業」の三つにわけられる。詳細は省くが、いずれも名称とは裏腹に、国も自治体も単独では事業の実施が困難な仕組みになっているのが特徴である。

 国から自治体に対する補助金、自治体から国に払う負担金などの関係が双方を縛りあって、国と自治体が一体となった「入れ子構造」ができているということだ。……(中略)……国は自治体がなければ国道ができず、自治体は逆に、これまた国がなければ都道府県道がつくれない。……(中略)……そして決定的なことは、道路をつくればつくるほどこの借金が増えて、抜け出る方法がなくなるということである。(p122)

 道路特定財源の一般財源化が問題になった時、国だけでなく地方自治体の多くが特定財源維持のために運動したのは、道路建設のためにできた借金を返すのも特定財源に依存していたことが大きい。つまり道路特定財源は道路をつくるためばかりでなく、いまや借金返済のための道具に堕しつつあるのだ。

 「聖域なき構造改革」を標榜した小泉政権でも、こうした道路行政の悪しき構造を根本的に改革することはできなかった。あるいは最初から行なう意思はなかった。むしろ「改悪」された点もある。たとえば小泉政権で成立した「社会資本整備重点計画法」は、総事業費が隠蔽され、期限の明示もなされず、閣議決定のみで計画が承認される点もそのまま、など総じて「道路整備緊急措置法」の改悪となっている、という。

 本書では、道路利権の強固な構造が形成されていく過程を歴史的に概観し、その改革の困難さを指摘したうえで、結論としてさしあたり以下の六つを提案している。
 「道路特定財源の一般財源化」「道路行政の中央集権の打破(国直轄事業における地方負担金の廃止など)」「地方分権の徹底(都道府県道、市町村道の自治体管轄化など)」「国土交通省の権限縮小(計画の原案策定に限定するなど)」「道路計画を国会での審議と議決を必要とすることにあらためる」「官僚の天下り禁止」。

 本書の記述は、問題点の指摘から改革案の提起まで首尾一貫したもので、道路行政を考えるうえでの良きテクストであることは疑いをいれない。
 もっとも、現実に政治の場やマスメディアを通じて行なわれている議論は総じて低調である。ガソリン国会が盛り上がった際には、政府与党関係者が暫定税率の問題を環境問題にからめて論じたり、一般財源化すると必要な道路まで造れなくなるといった、目くらましや虚偽的な言説も盛んに飛び交った。私たち有権者は政治家や官僚のそうした議論のすり替えや詭弁にゆめゆめ騙されてはなるまい。

 道路特定財源制度を基幹とする戦後の道路行政が、日本の高度経済成長を支え、国土に満遍なく富を再分配してきたのも一面の事実である。しかし、そのやり方もすでに歴史的使命を終え、今や弊害ばかりが目立つにようになってきたことは本書の指摘どおりだろう。
 本書のタイトルは「道路をどうするか」だが、それは個々の道路建設に賛成か反対かというような問題にとどまらず、道路行政に象徴される「官僚内閣制」の歪んだ政治のあり方をどのように変えていくのか、という問題提起にほかならない。
by syunpo | 2009-04-14 18:55 | 政治 | Comments(0)
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