●高山宏著『近代文化史入門 超英文学講義』/講談社/2007年7月発行
異色の英文学者・由良君美門下からは多彩な人材が輩出した。高山宏もその一人である。由良の脱領域的な研究スタイルをもっとも色濃く受け継いだ弟子の一人だと思われるが、本書でもそうした高山の本領が十全に発揮されている。 これは講談社学術文庫の一冊で、底本は二〇〇〇年に刊行された『奇想天外・英文学講義』(講談社選書メチエ)。編集者相手の語りおろしということで、繰り返しが多く、構成的にも内容的にも精緻さに欠けるきらいはあるけれど、発想の柔軟さや視野の広さ、博覧強記がそれを補ってあまりある。面白い本だ。 ニュートンの『光学』、グランド・ツアー、王立協会、辞典、テーブル、博物学、造園術、見世物……一見すると何の脈絡もないものたちが、実は英国の近代文化史の底流で脈を通じ合いながら時代を動かし、文学を豊かなものにしてきた。不毛の時代といわれる時期であっても、偏見なく目をこらせば、興味深い作品がいくつも綴られているではないか。それを語るキーワードは「マニエリスム」。 一般に美術史の世界では「マニエリスム」は、一七世紀以降の古典主義的美学によって「デカダンス」「マンネリ」などとネガティブな評価が与えられたが、高山のいうマニエリスムとは「認識論的な哲学」「光学を中心とする自然科学」「幻想文学」の三つを条件とした極めて実り豊かな潮流として記述されるのである。 マニエリスムの再定義をもとに英文学史を俯瞰しようというのであるから、当然、文学のなかだけに閉じこもっていては文学史は見えてこない。同時代に生じたアート=技術や「知」のあり方、風俗なども射程に収める必要がある。これが高山の基本認識である。 たとえば、シェイクスピアのソネットは極めて多義的な内容を含んでおり、「見るアングルによって物を別物に見せる光学装置」的な方法で読むことがふさわしいものなのである、という。 あるいは、英語辞書の決定版『オックスフォード・イングリッシュ・ディクショナリー』の用法の古い順に語義を並べていく「歴史主義」は、創刊当時台頭していた斉一地質学の方法論と関係がある。 また、一八世紀英国ではコーヒーハウスが丁々発止の対話術の興隆を促し、「テーブル・トーク」を「詩、小説、演劇と同じレヴェルの歴としたジャンル」として確立させるまでになった。面白いトークはしばしば「○○アーナ」という形で記録されている。夏目漱石の『吾輩は猫である』は、そのような英国一八世紀文学以降の伝統に則ったスタイルであったのだ。 本書は文学史研究のさらなる可能性を感じさせるとともに、一般の読者にとっても文芸作品に対する新たな視覚いや視角を示してくれたスリリングな書物といえるだろう。
by syunpo
| 2009-04-30 18:49
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