●木村紀子著『原始日本語のおもかげ』/平凡社/2009年8月発行
書き言葉として記録に残されている日本語以前に、話し言葉としての日本語があった。 声だけの言葉は、時の彼方に姿を消した人々とともに消え去って、モノのようにはそのカタチが遺ることはない。けれどもまた、消えてしまった人々の、消えたコエの一部は、別のどこかの人々に共有されていたコエとして伝わり、そのことが繰り返されて、今に生き続けている場合もある。(p4) 本書は、そうしたコエと書き言葉の、悠久の時間における共鳴のありようを考察したものである。 たとえば「クツ=靴」文化は、文明開化の洋風化によってもたらされたものだと思われがちだが、クツという語は和語そのものと考えられる。万葉集など古代の文献上にその音のままで登場しているのだ。もちろんクツは皆が常時履いているものではなかったが、官人らは漆塗りの木グツをつっ繋けていたらしい。神代記上でも、黄泉国から逃げ帰ったイザナギが身につけた穢れた物を投げ捨て、それが種々の神になるというくだりでは「クツ=履」を投げると道敷神になったとある。 神代の昔から存在していたクツという語が外来洋風の革靴にすんなりくっつくことができた大まかな経緯を、著者は《古事記》や《万葉集》《宇津保物語》、平安時代の絵巻物など多彩な資料から跡付けていく。 このほか、古くは神の座を意味した「クラ」を基本に「マクラ=枕」の語を分析したり、「踏む」という言葉(行為)に宿る呪性をめぐって考察したりと、日本語の歴史性について興味深い洞察が繰り広げられている。 学者らしい手堅い叙述で、その分ややかったるい感じがなくもないが、言語文化論の面白味が十二分に伝わってくる一冊である。
by syunpo
| 2009-11-09 17:03
| 日本語学・辞書学
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