「事件」としての音楽〜『暴力と音』

●平井玄著『暴力と音 その政治的思考へ』/人文書院/2001年3月発行

b0072887_11344520.jpg 政治や思想の動きまでも「音」として聞こえてくる、と平井玄はいう。そのように聞こえてきた音に耳をすまし、その音をまた遡るようにして知の繋がりをたどっていこうとする。逆にいうとここでは音楽もまた政治や思想の流れのなかに捉えられる。これは異色の思想論・音楽論といえる本だろう。通奏低音として響いているのは、エドワード・サイードやフランツ・ファノン、ヴァルター・ベンヤミン、平岡正明ら良き耳を持った先人たちの声である。
 
 〈ピアノを弾くサイード〉と題された小論では、グレン・グールドの演奏を「美学的」にのみ論じたサイードの言説をもとに、シェーンベルクやバーンスタインとシオニズムとの関係などに言及しながら「政治的思考」へと進みゆく。
 ワイマール末期の政治と音楽の状況を概観した〈非常事態下の音楽〉は、音楽をめぐる幾つかの聴取対応を類型化したアドルノに依拠しつつ、ファシズムと音楽の関係について考察するもの。ベンヤミンの《歴史の概念について》を援用してナチス擡頭期のドイツに戦後ニッポンの状況をそっと重ね合わせようとする視点は、単なる政治論として提示されるなら凡庸な議論かもしれないが、平井ならではの音楽論の文脈のなかで展開されることによって凡百の左翼的紋切り型から免れているように思われる。
 本書にはこのほか一九九五年から二〇〇〇年にかけて発表されたエッセイや論考が数篇収録されている。

 今なお熱い議論の対象となっている〈1968年〉という「事件」を通過してきた論者に特有の生硬で大仰な政治的語彙が頻出する点にやや抵抗を感じないではなかったものの、なかなかスリリングな本ではないかと思う。
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by syunpo | 2010-01-08 12:01 | 思想・哲学 | Trackback(1) | Comments(0)
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