●平松剛著『磯崎新の「都庁」 戦後日本最大のコンペ』/文藝春秋/2008年6月発行
バブル前夜の一九八五年十一月、東京都新都庁舎設計競技審査会は指名コンペの参加者九社を発表し、戦後最大級といわれたコンペの幕は開いた。最終的には事前の予想どおり丹下健三が勝利をおさめることになったこのコンペを丹下とその弟子磯崎新の戦いを軸にドキュメントしたのが本書である。著者は長らく設計事務所に勤務した建築の専門家。 本書の面白味は、新都庁舎建設のあらましを描くにあたって、その一大プロジェクトを歴史的文脈に位置付けるために日本の近代建築史そのものを概観したスパンの長い視野を有している点にある。 丹下や磯崎の設計案が出来上がっていく過程を叙述の中心に据えつつ、二人の生い立ちや履歴、新都庁舎計画案作製にたずさわった人々のプロフィールと奮闘ぶり、丸の内旧都庁舎から西新宿に移転を決定するまでの政治的経緯、さらには日本の近代建築の基礎をつくった岸田日出刀、前川國男ら先人たちの足跡などを絡めて、いくつもの時制が交叉する。まさに磯崎が新都庁舎のコンセプトの一つとした「錯綜体」にふさわしい構成といえるだろう。 結果として、建築という営みの一面だけでなく、わが国の建築家教育や公共事業における政治の裏面など社会の複数の層に光があてられることとなった。 それにしても著者の取材力はなかなかのものだ。大きなスケールの物語の流れのなかに機微に触れた具体的な挿話がちりばめられていて、最後まで読者を弛れさせない。 コンペ説明会当日、同じエレベーターに乗り合わせた磯崎が丹下に挨拶しても師匠が完全に無視したというエピソードからは丹下の性格や一筋縄ではいかない師弟の関係が読みとれる。 負けはしたものの話題を集めた磯崎の「幻の低層案」の出来上がるまでの暗中模索の様も実に生き生きと再現されていて、現代思想の分野からもインスピレーションを得てきた磯崎の個性的な仕事を読み解くうえでの一助ともなるだろう。 くだけた感じの素朴な文体だが、そのことがかえって建築現場における闘争の生臭さを中和する、という効果を生み出しているともいえそうだ。
by syunpo
| 2010-01-13 19:11
| 建築
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