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新しい社会保障の仕組み〜『ベーシック・インカム入門』

●山森亮著『ベーシック・インカム入門』/光文社/2009年2月発行

新しい社会保障の仕組み〜『ベーシック・インカム入門』_b0072887_20113120.jpg 貧困の問題が深刻化するにつれてわが国でもベーシック・インカムに言及される機会が増えてきた。昨年夏に行なわれた総選挙においてもその導入を公約に掲げる政党があらわれたほどである。
 ベーシック・インカムに決定的な定義はないが、研究者らから成るベーシック・インカム世界ネットワークによれば「すべての人に、個人単位で、稼働能力や資力の調査を行なわず無条件で給付されるもの」(p243)と規定されている。論者によってはこれに「生活に足る」という条件を加える場合もあるし「負の所得税」などを含みこんで考えることもある。それらの定義以外に鍵となる特徴としては、現物やクーポンではなく金銭で給付される、毎月ないし毎週といった定期的な支払いの形をとる、公的資金のなかから国家または他の政治的共同体(地方自治体など)によって支払われる……などがあげられる。

 本書はベーシック・インカムについて、その概要だけでなく、その要求運動がいかなる時代にどのような背景のもとに提唱され受け継がれてきたのか、その考え方を支える哲学や思想とはいかなるものか、などについてグローバルな視野で解説したもので、格好の入門書といえるだろう。

 ベーシック・インカムは一般に貧困者の救済という目的のみで捉えられがちであるが、それは一面的な理解でしかない。歴史的にみてもこの政策を提起してきた論者はバラエティに富んでおり、おのずとその論点も多岐にわたる。

 歴史上、ベーシック・インカム構想が最初に出現したのは一八世紀末といわれている。トマス・ペインやトマス・スペンスらが唱えたもので、本来共有であるはずの土地や文化的遺産による果実の正当な分配という観点からベーシック・インカムが主張された。
 また、福祉国家が構想されるようになった時代には、ミードやケインズら経済学者もまたベーシック・インカム型モデルの理論的優位を認めていた。

 一九七〇年前後、欧米の主に女性たちによって提起されたベーシック・インカムは「家事労働に賃金を」と主張するところから始まったものもあったが、基本的には性別役割分業への批判的視点を持っていた。イタリアの女性運動家マリアローザ・ダラ=コスタは、そこからさらに進めて「賃金労働の拒否」と「家事労働の拒否」という二重の拒否戦略をとった。
 アントニオ・ネグリは「生きていること自体が労働であり、価値を生み出している」との認識を一つの根拠にしてベーシック・インカムを提唱した。彼の考え方は七〇年代の日本の障害者運動にみられた主張とも重なりあう、と山森は述べている。

 ベーシック・インカムに対する一つの批判として「人々は働かなくなるのではないか」という懸念がよく指摘される。たしかに既存の保険・保護モデルによる福祉制度のもとでは、たとえば生活保護の場合、働いて所得が増えると給付の権利を失ってしまうので労働インセンティブを損うということは考えられる。経済学的にいうと「限界税率」が一〇〇%を超えるラインで人々の労働インセンティブは失われる。これを回避するために、フリードマンらが主張しているのが「ベーシック・インカム/定率所得税」というものである。詳細は省くが、適切な税制と組み合わせることによって、就労インセンティブを損わない方策はありうる。
 
 ベーシック・インカムは社会保障の新しい一つの考え方にすぎない。とりわけ財政難の日本でこの制度を導入することには、政策そのものへの反対を含めて様々な困難が立ち塞がることだろう。しかしこの問題を考えることは、「労働とは何か」「男女の性差をどう考えるべきか」「これからのライフスタイルはどうあるべきか」などといったより大きな問題を再考することにもつながる。その意味ではもっと活発に議論されてよいテーマではないかと思った。
by syunpo | 2010-01-16 20:18 | 政治 | Comments(0)
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