生物学から神を追放した〜『ダーウィンの思想』

●内井惣七著『ダーウィンの思想』/岩波書店/2009年8月発行

b0072887_1859328.jpg 動物とヒトとを連続的に捉えるダーウィンの進化論は、当然ながらそれまで西欧世界を支配してきたキリスト教神学とは相容れないものであった。ダーウィンが自説を公に主張することの困難や精神的重圧は、二一世紀の非キリスト教国に生きる私たちの想像以上のものがあったことだろう。
 とはいえ、ダーウィンの思想は彼の独創というわけでは、もちろんない。ダーウィン以前の、あるいは同時代の少なからぬ学説に影響を受けたことはよく知られている。またダーウィンの思想が後世の人びとの考え方に多大なる影響を与えたことはいうまでもない。自然科学のみならず社会科学との相互連関もよく指摘されてきたところである。本書は現代の科学哲学の立場からあらためてダーウィンの思想を読み解こうととするものである。

 ライエルの地質学原理、ラマルクの転成説、ウォレスの進化論のほかヒュームの経験論哲学、ミルの功利主義……などなどダーウィンの考え方と関連をもった学説や原理は数多い。本書ではそれらとの関係を説きながら、ダーウィンと他の進化論学説とを分かつ決定的な要素であるダーウィンの「分岐の原理」についても多くの紙幅が割かれている。
 ダーウィンのオリジナル・テクストは必ずしも論旨がきちんと整理されているわけではなく難解であるため、著者独自の読解をまじえつつ展開される平明な記述はダーウィン思想の入門的理解としてもそれなりに役立つ。

 内井のダーウィン解釈の特色の一つは最終章で叙述されている進化論と道徳との関連を掘り下げて考察している点にあるだろう。著者の言葉をそのまま引用すれば、ダーウィンの真骨頂は「人間の尊厳や道徳性を、いとも簡単に自然界に投げ戻して」考えた姿勢に見出せるのである。
 ダーウィンは「人間と高等哺乳類との間には、心的能力において根本的な違いはない」と主張した。したがって「人間のみが言語能力をもつ」「人間のみに信仰心が備わっている」というような命題に対しては論駁を試みた。つまり人間以外の高等動物にも「社会的本能」が備わっていて、仲間との交わりを好み、時には利他的な行動もみせるのである。

 社会を快適と感じる感覚が動物でまず発達し、その結果彼らは社会的生活に入る。社会生活を快く感じるという社会的本能は子が親のもとで長く生活することから発達する。こうした発達を促すのは自然淘汰である、すなわち社会生活を快適と感じる個体はいろいろな危険から逃れて生き延びる確率が高くなるからである。……以上がダーウィンの主唱した考え方であった。
 ダーウィンのそうした説は、のちの動物行動学や進化生物学、進化ゲーム理論などにおいて裏付けられ、肉付けされることとなった。たとえばリチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』もその一つといえる。

 新書ということで一般読者を意識しすぎたのか、いささか緊張感を欠いたくだけた文体がところどころで安っぽい雰囲気を醸し出しているが、ダーウィンの進化論を科学思想史的な文脈で理解するには格好の本といえるだろう。
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by syunpo | 2010-04-19 19:18 | 科学哲学 | Trackback | Comments(0)
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