●四方田犬彦著『蒐集行為としての芸術』/現代思潮新社/2010年7月発行
四方田犬彦が蒐集という行為にひとかたならぬ拘泥を示してきたことは、これまで発表されたいくつもの文章からうかがい知ることはできた。ここに芸術の起源としての蒐集行為をめぐって綴られたエッセイを中心に、四方田が親しんできた美術家やフォトグラファー、音楽家たちの創作に関する文章が一冊にまとめられたのは、まことに興味深い。 人はいろいろなモノを蒐集する。郵便切手。人形。鉱石。蝶。観光みやげの定番アイテム・スノウドーム……。人はたいてい一時期、あるいは生涯を通して、何らかのモノを蒐集することに熱中した経験をもち、今なお熱中したりしているのではないか。 そもそも蒐集とはいかなる営みであろうか? ……それは秘密のうちに閉じられた、世界の親密な出来事。(p36) ……蒐集行為は、……近代の経済システムに対する微小の倒錯である。事物は当初、貨幣と交換されるが、やがて停滞する。反動的な「堰き止め」行為によって、事物の質的価値が退蔵される。それは価値の逆関数、個人のレヴェルで生きられた、意図せざる〈中世〉への回帰である。(p37) ……蒐集家に許されるのは、ほんの些細な行為だ。彼はみずから創り出すことがない。みずから書かない。描かない。 蒐集家は引用する。(p40) みずからも郵便切手やスノウドームを蒐集してきたという四方田の〈蒐集行為としての芸術〉論は、時に生硬で時に難解ではあるものの、軽快なフットワークと奔放な想像力とに支えられ立派な文化論・芸術論となりおおせている。 本書を通して、たびたびその名が出てくるのがヘンリー・ダーガーとジョゼフ・コーネルだ。 ダーガーは子供の時にささいな誤解が原因で教師から「知恵遅れ」と判断され、十三歳のときに父親と死別すると、養護施設に送られた。その後、紆余曲折を経て、病院の雑役夫や門番といった仕事につきながら、ひたすら小説と絵画の創作に打ち込んだ。ただしそうした事実は彼の死後に明らかになったことである。孤独な老人の部屋に遺されていたのは、一万五一四五ページに及ぶ長編小説と何ページあるか見当もつかない日記、小説のために制作した七百枚もの絵巻物風水彩画などであった。むろん「作品」だけでなく、それらを創作する際に参照したでろう、書物や絵画なども遺されていた。 コーネルの経歴も特異であるが、こちらは切手蒐集という趣味を持っていたので、本書のコンセプトにより適った存在といえよう。彼もまた内気な性格であったことはダーガーと共通していて、もっぱらコラージュや箱型の美術作品の創作に勤しんだ。 四方田は、本書の前半部にダーガーとコーネルに直接言及したエッセイをおいている。そうして、漫画家の杉浦茂や楳図かずおを論じる際に比較検討の対象としてダーガーを召喚し、『CRジャンジャン飯店』のパチンコ台を語るにコーネルの作品を脇に並べる、という寸法である。 それにしても、ここで取り上げられている芸術家たちの何と多彩なことだろう。 ヒロシマを撮り続ける写真家・石内都に関するエッセイは、「世界はわたしの傷である」とのディラン・トマスの詩句を引きつつ、聖ヴェロニカの顔布をダブらせて印象深いし、〈一九六八年のイラストレーターたち〉と題された文章は、表題どおり政治の季節に活躍していたイラストレーターや画家たち——横尾忠則、中村宏、粟津潔——を論じて、当時の時代思潮をみごとに浮かび上がらせる。 坂東玉三郎の写真集について一文を認めているかと思うと、ビートルズの曲をジョージ・マーチンが巧みにコラージュしたアルバム『LOVE』についても関心を示す。また、日本の公共空間に偏在している裸体彫刻の「奇怪」さを指摘した〈女性の裸体彫刻は「芸術」か〉など、なかなかに鋭い。 四方田犬彦の知的好奇心の守備範囲の広さをあらためて認識させる一冊ではないかと思う。
by syunpo
| 2010-08-23 20:20
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