●湯浅誠著『反貧困 ──「すべり台社会」からの脱出』/岩波書店/2008年4月発行
遅ればせながら湯浅誠の『反貧困』を読む。 貧困の問題が社会的にも政治的にもクロースアップされる機会が増えてきたのに伴い、それを快く思わない陣営からの湯浅個人に対する誹謗中傷も増えているようだが、本書にみる湯浅は地に足のついた活動家であり、優れた論客である。 本書のサブタイトルにもなっている「すべり台社会」をはじめ、「溜め」「貧困ビジネス」などなど、貧困の問題を考える際にキーワードともいうべきいくつもの「流行語」を湯浅は生み出した。いずれも状況を簡潔且つ巧みに言い表した言葉ではないかと思う。言論にとってその種の表象能力はバカにはできない。これまで見えにくかった問題をマスメディアを動員して可視化=社会問題化しようと思えば、そうした食いつきの良い言葉は不可欠だ。実際、今でも湯浅の造語や言い回しを引用して貧困問題を語っている論考は少なくない。 何はともあれ個別具体的な実例をいくつも紹介しながら、決して情緒に訴えるような筆致に堕することなく、豊富なデータに拠ってあくまで客観的理論的に「貧困」をみつめようとする本書には学ぶところ大であった。 日本社会においては、「雇用のネット」「社会保険のネット」「公的扶助のネット」の三層に整備されているはずのセーフティネットが充分に機能していない。ありていにいえば、とことん貧困にある者ほどネットに引っ掛からない仕組みになっている。たとえば雇用保険は大企業に勤めていた者には手厚いが、非正規雇用の労働者には役立たないといったことだ。 湯浅の包括的な視点は「五重の排除」の指摘に象徴されるだろう。貧困状態に至る背景には「教育課程からの排除」「企業福祉からの排除」「家族福祉からの排除」「公的福祉からの排除」「自分自身からの排除」の五重の排除がある、というのだ。最後の「自分自身からの排除」というのは、いわば排除の最終段階ともいえる深刻なものである。 第一から第四の排除を受け、しかもそれが自己責任論によって「あなたのせい」と片づけられ、さらに本人自身がそれを内面化して「自分のせい」と捉えてしまう場合、人は自分の尊厳を守れずに、自分を大切に思えない状態にまで追い込まれる。(p61) とりわけ湯浅が懸念するのは、貧困の連鎖だ。親世代が貧困にあると子供も結果的に同じような排除を受け、貧困に陥ることが多いという悪循環。そこではあらゆる条件に恵まれて何不自由なく生きてこられた者が平然と言う「自己責任」には帰せられない構造的な貧困の要因が横たわっているのである。 今、問題になっている貧困の多くは「自助努力の欠如」ではなく「自助努力の過剰」にある、という湯浅の指摘は充分に説得力を感じさせるものだ。 たしかに社会福祉の制度を悪用している輩はいるだろう。働ける環境にありながら仕事をしない怠け者も少なからずいるだろう。しかし現下に進みつつある貧困の問題は、そうした連中を「改心」させれば一件落着となるようなお気楽な状況では残念ながらない。政治による積極的な貧困対策が不可欠なのである。 政権交代により、湯浅自身が内閣府参与に起用されるなど状況は変わりつつあるものの、民主党政権の足下も今一つおぼつかない。 いずれにせよ、本書を読めば「貧困は働かない当人の自己責任」「本当に学校に行きたいなら、バイトでも何でもして学費くらい自分で稼ぐはずだ」「生活保護以下の収入で生活しているヤツもいるのだから、贅沢いうな」といった言葉を安易に口にすることがいかに傲慢で的外れであるかがよくわかる。今さらいうのもなんだが、貧困問題を語るにはやはり避けて通れない本である。
by syunpo
| 2010-10-02 09:24
| 社会全般
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