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〈現代性〉を活かした訳文〜『新訳 チェーホフ短篇集』

●アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ著『新訳 チェーホフ短篇集』(沼野充義訳)/集英社/2010年9月発行

〈現代性〉を活かした訳文〜『新訳 チェーホフ短篇集』_b0072887_953228.jpg チェーホフはどちらかというと劇作家としての仕事により高い評価を与えられているようだが、若い頃から生活費を稼ぐためもあって短編小説もたくさん書いた。本書は沼野充義の新訳による短篇集で、一篇ごとに沼野のエッセイ風のコメントがついている。チェーホフに関しては複数の出版社が主要作品を文庫化していていずれも入手しやすい上に、今では神西清の訳文を中心にネットの青空文庫でもフリーに読めるので、単行本として刊行するにはそれくらいの趣向が必要なのかもしれない。

 沼野が「いまだに古びることのないチェーホフの現代性」を指摘しているように、ここに収められた作品はあまり古臭さを感じさせず、事細かな注釈などなくとも読者は充分にチェーホフの世界を堪能することができる。

 新訳という点で特徴をあげるなら、おなじみの《可愛い女》が《かわいい》に《犬を連れた奥さん》が《奥さんは子犬を連れて》にそれぞれ改題されているのがまず注目されるだろう。(訳者が何度も奇を衒ったわけではないことを念押ししているのがオモシロイ。)
 また呼称に関しても訳者なりのこだわりがあるようで、《かわいい》のヒロイン・オルガを「ちゃん」付けにしたり、イワン・ドミートリチ・チェルヴヤコフという人名を「虫野ケラ男」君と訳したり、思い切った工夫のあとがみられる。

 みんなでよってたかってカブの頭を引っこ抜く《おおきなかぶ》は、かつて日本の教科書にも採用されたというだけあって、ノンセンスな味わいのなかにも人間的協働の普遍的な知恵に触れているような要素もこめられていて侮れない。(自民党の機関紙はクレームをつけたらしいが。)
 またオペラハウスで前席にいるお偉方にクシャミの唾をかけてしまい、何度も謝りにいく小役人の混乱ぶりを描いた《役人の死》は、そのバカバカしさにいかにもロシアの不条理文学的な味が感じられる。
by syunpo | 2011-03-17 09:58 | 文学(翻訳) | Comments(0)
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