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代表制と独裁体制〜『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』

●カール・マルクス著『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日[初版]』(植村邦彦訳)/平凡社/2008年9月発行

代表制と独裁体制〜『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』_b0072887_9473793.jpg 読了した者はさほど多くはなかろうが冒頭の文句だけはよく知られているという書物がこの世には少なからず存在する。さしずめ本書もその部類に入るに違いない。

 ヘーゲルはどこかで、すべての偉大な世界史的事実と世界史的人物はいわば二度現れる、と述べている。彼はこう付け加えるのを忘れた。一度は偉大な悲劇として、もう一度はみじめな笑劇として、と。(p15)

 ナポレオン一世の甥という以外にさしたる特長を備えているわけではない一人の凡庸な政治家がいかに政権を握ったのか。しかもこの独裁権力が国民投票で圧倒的な支持を得たのは何故か。その顛末を分析したのが本論考である。冒頭の有名なフレーズは、ルイ・ボナパルトが軍事クーデタで政権を掌握したのは偉大なる叔父ナポレオン一世の滑稽な二番煎じに過ぎない、という痛烈なアイロニーを表現したものであることはいうまでもない。

 本書は同時代の政変劇を見ながらマルクスが記したジャーナリスティックな文章ではあるが、聖書やシェイクスピアをパロディ化するなどその表現は文学的機知にも富んでいる。当時のフランスの政情だけでなく西洋一般の教養を備えた者でないと本書の面白味を充分に堪能することは難しいだろう。
 その意味では訳者の註解が大いに役立つ。さらに柄谷行人による長文の解説が本書を今日の読者が読むことの意義を説いて実に貴重である。歴史にみえる反復強迫の問題。柄谷の読解はそれをマルクスのテクストから明解に取り出している。柄谷によればマルクスは表象=代表制の本質から反復強迫の問題に迫っており、その点でその後の世界政治の問題を先取りしていた。

 ルイ・ボナパルトの独裁は議会制民主主義がもたらしたものである。身分代表制議会とは異なり普通選挙に基づく議会では「代表するもの」と「代表されるもの」の関係が不鮮明になり、本来的に恣意的にならざるをえない。
 ボナパルトは、いわばすべてを「代表」するものとして権力を握った。そのような権力の掌握のしかたは、代表制民主主義のなかでしか生まれてこない。ヒトラーのナチズムも日本のファシズムも代表制のなかから出現した。

 マルクスは、ボナパルトの政権掌握を、彼自身の観念や政略、人格に帰すことをきっぱりと否定した。われわれは、ボナパルトの勝利のなかに、最初にあらわれた代表制の危機とその想像的止揚を見ることができる。本書が今日の政治世界をも照射しているとすれば、それはひとえにマルクス=柄谷行人のそのような分析と認識に拠るものである。
by syunpo | 2011-04-10 09:57 | 思想・哲学 | Comments(0)
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