●福田歓一著『近代民主主義とその展望』/岩波書店/1977年6月発行
今日、民主主義なる用語はすっかり陳腐化してしまい、そういう言葉で政治の実質を語ることに無力感をおぼえている人も多いにちがいない。だからこそ民主主義に関する理論的な書物は引きも切らず刊行され続けている。 一九七七年刊行の本書は、民主主義という概念について理念的な側面と現実の政治機構としての側面を明快に峻別しながら簡潔に解説を加えていく。冷戦のさなかに出された本だが、内容的には決して古びてはいない。いや、それどころか本書を読んだ後には、昨今提起されている政治理論書の少なからぬものが本書のバリエーションであったり記述内容を膨らませただけのものではないのかと感じられたほどだ。その意味では今日なお有効な民主主義理論のエッセンスやヒントが詰まっている本といっても過言ではないだろう。 近代民主主義とは何よりも思想としてあった。民衆の解放運動を支える理論としてあった。したがって、その結果生まれた民主政体ははなはだしく不充分なものであっただろう。当然そこでは理想と現実との対抗関係が生まれる。それゆえに民主主義の思想は体制や制度を批判する基準として意味をもったともいえる。 現実に民主主義が制度化される場合には、それぞれの地域に応じて異質なものが具現化されることとなった。英国では長い歴史を刻んできた立憲主義に依拠した民主政が模索され、フランスでは革命後も強固な身分制社会との格闘が政治の不安定をもたらし、官僚制が政治の安定要素である時代が続いた。身分制の伝統から免れていた米国ではタウンミーティングに象徴されるような草の根的な民主主義が実現され、ヨーロッパからやってきたトクヴィルを驚嘆させることにもなった。 もっとも民主主義の導入とともに採用されることになった機構原理の大半は民主主義と必然的な関係をもっているわけではないし、民主主義が新たに生み出したものでもない。たとえば、米国が採った権力分立のしくみは直接的にはモンテスキューの理論を採り入れたものではあるが、政治機構としては中世における混合政体論を起源とする。今日多くの先進民主主義国では自明のものとなっている選挙=代表制にしても、ギリシアの民主主義とは何の関係もないものである。アリストテレスは選挙を貴族政治の制度であるといって批判した。また多数決原理にしても、枢機卿たちによるローマ教皇の選挙に由来するもので、それが迅速な意志決定に資する便法として転用されたにすぎない。 もともと民主主義のためにつくられたわけではない機構原理が民主主義の価値原理を実現する手段として役立つためには、その機構を充分に使っていくための方法原理が重要になってくる。そこで福田が挙げるのは「討論と説得」であり「参加と抵抗」である。 前者は、代表制と多数決という機構原理を、自由・平等という民主主義の価値原理を実現させるために不可欠なものである。しかしそれだけでは充分ではない。そこで後者の必要性が説かれる。代議制度で満足されない政策課題においては、いわゆるロビー活動やリコールといった直接民主主義的な方法が要請されるだろう。機構原理からはみ出した運動は、思想の自由や表現の自由、結社の自由との関連で重要なものであるが、同時にそれが実力行使にエスカレートしていく危険性も排除できない。 そこで、福田が指摘するのは「運動がそれ自体一つの秩序を生んでいく、そういう努力を期待する」ことと同時に「抵抗をどう機構のなかに取り込み、機構を問題の解決に役立つものにしていくかという、そういう努力がなされなければならない」(p160)ということである。 民主主義の機構を固定化することなく、つねに国民の運動や意志表示との間に再構築の可能性を開いておくこと。福田はそうした民主主義の機構におけるフィードバックの重要性を指摘するのである。もちろん民主主義はそれがどんなに立派に制度化されたとしても、そのことによって人間が豊かな生活を送れることを約束するものではない。 民主主義はまさにそれが民主主義であるがゆえに、そもそもそれが制度として機能するためには、この社会をつくっている一人一人の人間の資質を厳しく問い、一人一人の人間に対して、公共のために大きな献身と負担とを要求する、そういう体制にほかなりません。(p207) 著者はあとがきで「本論の中で述べたことは、すべて陳腐で常識的な内容を出ていないはずである」と記している。けれども今日マスメディアを賑わしている政治談義にはそうした「常識」すら身につけていない者による空疎なものが少なくない。 基礎的な政治理論や政治学史をバカにしてはいけない。そのことが痛感される書物である。
by syunpo
| 2011-06-13 20:41
| 政治
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