●柄谷行人著『「世界史の構造」を読む』/インスクリプト/2011年10月発行
本書は二〇一〇年に刊行された『世界史の構造』の注釈であり補足である。東日本大震災後に著者自身によって新たに執筆された論考とそれ以前に行なわれた対談・座談から成る。 柄谷行人が複数の交換様式から世界史をみるという視点を打ち出したのは一九九〇年代に着手し二〇〇一年に出版した『トランスクリティーク』においてである。ただそこでは社会構成体を一国モデルで考えるにとどまっていた。9・11以降の世界情勢を見て一国モデルによる思考の限界を感じ、『世界史の構造』では「世界システム」をめぐって考察が加えられることとなった。 「互酬性」「略取と再分配」「商品交換」という三つの交換様式がからみあいながら世界史の変遷がなされたすえに、交換様式A(互酬性)の高次元での回復として交換様式Dがでてくる。これが『世界史の構造』の要点であるが、そこでキーワードとなっている「抑圧されたものの回帰」という概念はフロイトからの引用である。その場合に一国ではなく諸国家をふくむ世界システムのレベルにおいて交換様式Dの実現を目指す。世界同時革命といういささか古典的な語句はその文脈において意味をもつことになる。そこで参照されているのがカントであることはいうまでもない。 本書での柄谷の発言で注目すべきは、戦争放棄をも一種の贈与とみなしている点だろう。武力を国際社会に贈与する。贈与された側は困惑し考えざるをえないだろうと柄谷はいう。 「贈与の力」は非常に強いのです。武力より強い。(p255) 世界は再び戦争の危機に直面するだろうが、戦争が終わった後に革命を企てるよりも戦争を防止することじたいが革命となる。 また近代民主制では対立するものと考えられがちな自由と平等を切り離せないものとして捉えているのも注目に値する。通常の民主主義理論では、自由を重視すれば平等が実現されず、平等を重んじれば自由が阻害されると考える。しかしたとえば狩猟採集遊動民の場合、両者は対立しない。富の蓄積がないために格差が生まれず、流動性が高くいつでも離脱が可能であったがゆえに「自由が平等をもたらす」ことになるのだ。これは交換様式Dが中心となる社会を実現していくうえで参照しうる事例である。 その意味では、アテネのデモクラシーよりもイオニアの都市国家でみられたイソノミアの原理を重視している点もおもしろい。ここでいうイソノミアは「同等者支配」というよりも「無支配」というべきものである。柄谷によればそこでも自由であることが平等になるという原理を見出すことができる。 普遍宗教という形を伴わない交換様式Dの可能性としてイソノミアは一つの理念モデルとなりうる。『世界史の構造』から『哲学の起源』へ。柄谷の思索ははてしなくつづく。
by syunpo
| 2011-11-19 09:17
| 思想・哲学
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