修道女の性と生〜『尼僧とキューピッドの弓』

●多和田葉子著『尼僧とキューピッドの弓』/講談社/2010年7月発行

b0072887_18415632.jpg 様々な経験をしてきた熟年の女たちが第二の人生を送っているドイツのとある修道院。そこに日本人の作家がやってくる。だが彼女を招いた尼僧院長の姿は見えず弓道の先生と駆け落ちした後だった──。
 修道院の経営をめぐる尼僧たちの思惑やいなくなった尼僧院長の噂話などなど、日本人にはなじみの薄い女たちの世界が独特の言語感覚で綴られていく。尼僧たちの名は語り手が対面した時の印象により密かなニックネームで呼ばれるのもおもしろい。透明美、貴岸、流壺、河高……。

 後半は一転して駆け落ちした尼僧院長の視点からその顛末が語られる。尼僧たちが断片的に話していた尼僧院長の人間像がここでより鮮明にされるわけである。
 前作『ボルドーの義兄』は作家の言葉との格闘が前面に出てきた実験的な趣の強い小説だったけれど、本作では物語の流れが重視されていてその意味では読みやすい作品になっている。「人間的に生きるためなら、人間をやめてもいい」──ラストにおける尼僧院長のパラドキシカルな決意表明が強い余韻を残して印象的だ。
[PR]
by syunpo | 2011-12-06 18:45 | 文学(小説・随筆) | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://syunpo.exblog.jp/tb/17213462
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 心の響きを求めて〜『小澤征爾さ... 日本発の新たな民主主義!?〜『... >>