●フランツ・カフカ著『審判』(池内紀訳)/白水社/2006年5月発行
ヨーゼフ・Kは逮捕される。悪事を働いた覚えはない。むろん罪状は明らかにされない。裁判のルールさえ彼には判然としない。とはいうものの身柄が拘束されることはなく、その後も銀行勤めを続行する。 語られている話の内容は深刻に違いないが、彼を審判する裁判所の事務局が安っぽい賃貸アパートの屋根裏部屋にあることが判明したり、弁護士や審判に通じているらしい画家と交渉するくだりなどは、ちょっとユーモラスな印象を受けないでもない。 大聖堂では教誨師と論争になる。その場面はそれまでと違ってやや趣の異なった哲学的なやりとりが展開される。そこで彼は「有罪はまちがいです。そもそもひとりの人間を、どうして有罪にしたりできるのでしょう。われわれみんな、たがいに変わらない人間じゃありませんか」と一般論を弁じたりするのだ。この章で教誨師が語る逸話が抜粋されて《掟の門前》《掟の門》といったタイトルで生前に出版されていることは注目に値する。カフカはこのパートに特段の愛着を感じていたのだろう。 本作をめぐっては様々な解釈や読解が提起されてきた。カフカ作品のなかでもとりわけ読者を饒舌にするテクストだ。 ごく最近でもいくつかの冤罪事件をみてきた極東の島国の読者にとっては『審判』はますますアクチュアルな作品ともいえる。傑作とはおしなべていつの時代でも「新しい」ものなのかもしれない。
by syunpo
| 2012-08-07 21:23
| 文学(翻訳)
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