●湯浅誠著『ヒーローを待っていても世界は変わらない』/朝日新聞出版/2012年8月発行
ホームレス問題から貧困問題、そして民主主義の問題へ──。湯浅誠の戦線の拡大は本書を読むと自然の成り行きであったことが素直に了解できる。本文は湯浅の語りを編集者が文字に起こしたとみられる作りで、議論の緻密さにはいささか欠けるものの、これからの民主主義を考えるうえでのヒントがつまった本といえるだろう。 民主主義は何よりも面倒くさくて、うんざりするシステムである。「調整は面倒くさいから嫌だけど、決定はさせろ」という態度は現実的には成立しない。複雑な利害関係がある以上、正反対の両極から同じような要求が出てくるからだ。誰かが調整しなければならない。調整がうまくいかなければ「決められない政治」が常態化する。 そこで実際には不可能なことを可能にする魔法があるかのように考えたい人がでてくる。「私たちは言いたいことを言いたいように言わせてもらう。それをよく聞いてください。判断はあなたに任せます。私を裏切らないと信じてます」という「お上に上申」型民主主義である。政治のヒーローはこうした心性から押し出されてくる。 以上のような文脈で橋下徹への熱い期待も分析される。端的にいえば橋下人気は政治不信の質的変化を体現したものと湯浅はみなす。既存の政治勢力の個々の政策の中身を吟味する以前に、議会政治や政党政治そのものへの不信がヒーロー待望へとつながり橋下人気を支えているという見立てである。 湯浅はもちろんそのような橋下現象を批判する。「お上に上申」型民主主義(=水戸黄門型民主主義)がうまく回るためには三つの条件がある。「善悪がはっきりしていること」「黄門様が常に正しい裁定を下すこと」「関係者全員が平伏してその裁決を受け入れること」の三つだ。しかし現実には三つの条件が揃わないことの方がふつうである。いずれ橋下の政治行動にも失望する人々が出てくるだろう。 ヒーローに任せてうまくいかなければ次のヒーローを探すというサイクルを繰り返すのではなく、自分たちで意見調整し合意形成し自分たちで決めるためにはどうすればよいのか。結局、民主主義のあり方を変えていく以外にない。湯浅はいう。 民主主義とは、高尚な理念の問題というよりはむしろ物質的な問題であり、その深まり具合は、時間と空間をそのためにどれくらい確保できるか、というきわめて即物的なことに比例するのではないか。(p85) こうした認識は現場に軸足を置いて活動を続けてきた湯浅ならではのものだろう。介護の問題を考えるイベントを開催しても介護に忙しい人は参加できない。その問題について最も切実なニーズを持っている人たちが意見表明する時間も機会も奪われているのである。そこで求められるのは政治参加のバリアフリーだ。いちいち列挙はしないが、本書では実際の活動から得られた具体的な提言や教訓がいくつも挙げられている。 こうしてみると、湯浅の民主主義論は本人は決してそのような言葉を使ってはいないのだけれど、地道な意見調整の過程を重んじるという点で、湯浅流「熟議民主主義理論」だともいえる。あるいは「主権在民」に血を通わせるための提言といった方がいいだろうか。ただし現行の代議制民主主義を頭から否定するものではない(安易に直接民主主義を訴えることはしない)ところに良くも悪しくも湯浅の特質が出ているというべきだろう。 そのうえで本書に対する違和感を述べておく。 言葉の力を目に見える果実だけで推し量ろうとする湯浅の態度には(彼自身が具体的な社会活動に身を投じているという事実を考慮しても)あまり賛成できない。湯浅は「ぶれずにある立場を堅持していれば、いずれ理解される」という人々に対して批判的である。なるほどそのような言説が社会を一歩でも動かすことに直接貢献することは少ないかもしれない。しかし「最悪を回避する」という観点にたてば、そうした原理原則論的な主張が無意味とばかりはいえないだろう。正反対の意見をもつ陣営が勢いをもってきた時にはなおさらである。確固とした理念が一方に堅持されているからこそ、政治的合意にも一定の意味が生まれてくるのであり、それがなければ合意を得たとしても骨抜きの妥協に終わることを私たちは何度も見てきた。湯浅のような地道で漸進的なアプローチの有効性を高めるためにも「原則的な立場を堅持する」言説もまたつねに発信されている必要があるのではないだろうか。
by syunpo
| 2012-12-23 10:26
| 政治
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