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団地は政治の磁場だった〜『団地の空間政治学』

●原武史著『団地の空間政治学』/NHK出版/2012年9月発行

団地は政治の磁場だった〜『団地の空間政治学』_b0072887_20292668.jpg これはなかなか面白い本である。「団地」に対するこれまでのイメージがいかに実態とかけ離れたものであったか、本書の記述にふれて認識を新たにする読者は私を含めたくさんいるに違いない。
 初期の団地はアメリカ式ライフスタイルをモデルとしたもの。プライバシーが保たれているがゆえに個人主義的なライフスタイルが進んだ人工的な居住空間。……ページをめくっていくにつれて、そのような団地にまつわる認識のステレオタイプは覆されていく。

 団地を政治思想史ないし空間政治学の視点からとらえる。本書のコンセプトは一言でいえばそういうことになる。具体的に論じられているのは、大阪・香里団地、多摩平団地、ひばりケ丘団地、常盤平団地、高根台団地などだが、着眼点のユニークさに加えて綿密な取材と多岐に渡る文献の渉猟により、高度経済成長期(五〇年代後半〜七〇年代前半)における団地の政治的ありようが具体的なかたちをとって浮かび上がることとなった。

 一部の社会学者たちは、日本人が憧れたアメリカ型のライフスタイルの一つの典型を団地に見ようとしたが、そもそも日本の団地のような四階建や五階建の直方体形をした建物が大都市の郊外に林立する風景はアメリカ本国には見当たらない。日本の団地に近い風景はむしろロシアや旧東ドイツ、ポーランドなど、日本と同じく戦災に見舞われて住宅不足が深刻化した旧社会主義国に多く見られるものであるという。

 また初期の団地では、自主的な文化サークルや市民運動が自発的に生まれ、活発な活動が展開された。香里団地における「香里ヶ丘文化会議」、多摩平団地の「多摩平声なき声の会」、ひばりケ丘団地の「ひばりケ丘民主主義を守る会」などだ。
 活動内容は女性たちによる保育所設置運動や鉄道の混雑緩和要求、値上げ反対闘争など生活に密着したものから、安保問題やベトナム反戦運動など、多岐にわたった。大学教員らインテリが主導するケースもあったが、無名の住民たちも多く参画した。「政治の季節」とは一見無縁な団地在住のサラリーマンや主婦が、実は重要な政治的役割を果たしていたのである。

 安保闘争の挫折とともに新左翼は四分五裂の状態に陥ったが、郊外の団地では、安保闘争の遺産が民主主義について考える機会を与えた。……たとえ国会前で安保反対を叫ぶことはなくなっても、「政治の季節」は続いていたのである。(p58)

 公営、公団を問わず、東京や大阪における賃貸の大団地の相次ぐ建設は、社会党の政策に見合っただけでなく、都市部における社会党の支持者を増やしていく結果をも招いた。また共産党も六〇年代後半から積極的に団地政策に取り組んだ。安い家賃の公営住宅建設を促し、自治会が集会所を民主的に運営し家賃値上げに反対することなど、具体的な対策を打ち出したのである。
 こうして大都市圏の団地はしばしば社会党や共産党の票田となったばかりか、自治会や政治サークル出身者の中から少なからぬ議員をも輩出した。

 政治が空間を作り出したのが旧社会主義圏だったとすれば、逆に空間が政治を作り出したのが日本の団地だった。日本の団地における自治会や居住地組織の多様な活動は「私生活主義」におさまらない「地域自治」の意識に目覚めさせることにもなったのだ。

 しかし高島平団地のような高層化団地が主流になることによって団地は「私生活主義」へと大きく傾いていく。さらに過疎化・高齢化は多くの団地に共通する課題となっている。団地の黄金時代は過去のものとなった。新たな〈団地の政治思想史〉が書かれる時はこれから先やってくるのだろうか?
by syunpo | 2012-12-26 20:47 | 政治 | Comments(0)
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