ブックラバー宣言


コラムニスト・吉本俊二の書評ブログです。
by syunpo
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
検索
記事ランキング
最新の記事
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
最新のトラックバック
マーラーが死の前年に書き..
from dezire_photo &..
経済成長がなければ私たち..
from 天竺堂の本棚
『せつない(新訳 チェー..
from 施設長の学び!
カール・マルクス『ルイ・..
from 有沢翔治のlivedoorブログ
愛国の作法
from 蔵前トラックⅡ
雑考 自由とは何か④
from 読書メモ&記録
東浩紀 『クォンタム・フ..
from 身近な一歩が社会を変える♪
純粋に哲学の問題だ「ベー..
from 夕陽の回廊
バーンスタインのミュージ..
from クラシック音楽ぶった斬り
memento mori..
from 試稿錯誤
タグ
ブログジャンル

イソノミア(無支配)という思想〜『哲学の起源』

●柄谷行人著『哲学の起源』/岩波書店/2012年11月発行

b0072887_10285423.jpg 柄谷行人は二〇一〇年刊行の『世界史の構造』で社会構成体の歴史を交換様式から描きだした。交換様式は四つに分類される。A=贈与の互酬、B=支配と保護、C=商品交換、Aを高次元で回復する理念モデルとしてのD。Dを実現するものには普遍宗教が考えられるが、それは結局のところ新たな祭司・神官の支配に帰着せざるをえない。
 宗教という形をとることなしに交換様式Dを実現する社会をどのように構想すればよいのか。人類史におけるその最初の事例をイソノミア=イオニアの政治と思想に見出して詳しく展開したのが本書である。

 イソノミアとは古代イオニアにおける政治形態で「無支配」を特長とするもの。そこでは自由であるがゆえに平等が実現されていた。アテネのデモクラシーはイソノミアの成功しなかった再建の企てとしてみることができる。

 イオニアでは人々は伝統的な支配関係から自由であり、経済的にも平等であった。貨幣経済が発達したが、それが貧富の差をもたらすこともなかった。土地をもたない者は他人の土地で働くかわりに別の土地に移住することができたから。そのためイオニアでは大土地所有が成立しなかった。イソノミアはたんなる理念ではなく、イオニア諸都市において現実に存在したもので、イオニアが没落したのちに他のポリスに理念として広がったのである。

 交換様式という観点からみると、イオニアでは交換様式AおよびBが交換様式Cによって越えられ、そのうえで交換様式Aの根元にある遊動性が高次元で回復されたのである。アテネのデモクラシーが現代の自由民主主義につながっているとすれば、イソノミアはそれを越えるようなシステムへの鍵となるはずだと柄谷はいう。

 そのような文脈において柄谷はイソノミアを記憶し保持するものとしてイオニアの自然哲学を読み直す。一般にタレスやアナクシマンドロスなどイオニアの思想家には倫理学が欠けているとみなされている。哲学以前の自然学にすぎない、と。だが柄谷はそのような見方を覆す。

 イオニアの思想家は、倫理あるいは人間についての認識を「自然学」の観点から語ったのである。それは、人間と世界を一貫して自然(フィシス)として見ることである。彼らはそのような普遍的視点を初めて提起したのだ。かかる態度こそを、私は「自然哲学」と呼びたい。私の考えでは、それはイオニアの政治(イソノミア)と切り離すことができないものである。(p62)

 人間の探究、倫理的な問いが開始されたのはむしろイオニアにおいてなのだ。
 ヒポクラテスは神や悪霊のせいにされていた癇癪を自然的原因(脳の疾患)によるものだと考えた。世界の生成を神抜きに自然によって説明しようとしたのである。彼はまた貧しい者を無料で治療したが、そのような態度は奴隷制や外国人蔑視に基づくアテネのデモクラシーから出てくることはありえない。
 ヘロドトスが著わした『歴史』はギリシア中心主義から免れている。小アジアでもありギリシアでもあるイオニアの環境下では、哲学者たちはたとえポリスに属していたとしても本質的にコスモポリスに生きていたといえる。

 以上のような特質はイオニアの自然哲学者たちにも共通するものである。タレスしかり、アナクシマンドロスしかり。イオニア没落後にでてきた思想家についても同じようなコンテクストで理解することができる。ピタゴラスやパルメニデスたちである。ちなみに理性によって生み出された仮象を斥けようとしたパルメニデスの思想はカントの批判哲学の先駆けともいえるものだった。
 さらにソクラテスがイオニアの思想と政治を回復しようとした最後の人だと結論づける柄谷のソクラテス論もいささか錯綜した理路をたどるものの、いやそれゆえにスリリングだ。

 柄谷によれば、さまざまな点でイオニア派の思想はその後も継承され回復された。偶然性を根底におき一切の目的性を斥けて考えたダーウィンの進化論、デモクリトスとエピクロスの差異を論じたマルクスの唯物論などだ。そして量子力学もまた質料と運動は不可分離だというイオニア派の考えを回復するものである。

 ただしイソノミアに関する資料は極めて乏しいらしい。もっぱらアテネの思想家たちが残した文献をとおして間接的に知ることができるのみだという。そのため、実際にイオニアで実現されていたというイソノミアの具体的なすがたかたちが必ずしも明瞭に立ち上がってくるわけではないところに隔靴掻痒の感は拭えない。
 だがそれにしても、本書によるイオニアの自然哲学の再評価(=アテネのデモクラシー神話の解体)はギリシア哲学の研究者や政治学者には及びもつかない綜合性とスケール感をそなえたものである。縄張り意識だけは過敏な専門家が今なお跋扈するこの社会にあって、柄谷の壮大な試みは多くの読者を新たな思考の地平へと導いてくれるものだろう。
[PR]

by syunpo | 2012-12-29 10:34 | 思想・哲学 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://syunpo.exblog.jp/tb/19748007
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 自己内省的近代へ〜『危険社会』 団地は政治の磁場だった〜『団地... >>