●由良君美著『椿説泰西浪漫派文学談義』/平凡社/2012年7月発行
かつて東京大学では、仏文の澁澤龍彦、独文の種村季弘、英文の由良君美は「御三家」と称されたらしい。本書はその由良の初めての著作(初版は一九七二年刊行)である。その奔放な書きっぷりは当時の日本の英文学界をいたく刺激して感情的な酷評が業界誌に掲載されたらしい。由良門下の一人、四方田犬彦の『先生とわたし』では、次第に不和になったこともあっていささか俗人っぽく描写されている由良だが、本書に関しては好意的に言及されている。八三年に増補版が出された後、二〇一二年にめでたく平凡社ライブラリーの列に加えられた。 ここでの由良のスタンスは一貫している。 専門学に細分化され、厳密だが他学との関連や概念の創造的外挿を忘れた〈知〉のありかたではなくて、できるだけ既存の〈知〉の枠組を取り払い、リアリティーに肉迫できる視座を尋ねもとめる場所が〈ミソ・ウトポス〉なのだ。(p235) ちなみに〈ミソ・ウトポス〉とは本書のもととなった雑誌『ユリイカ』での連載のタイトルで「ユートピアの神話」というような意味である。 文学史に埋もれた殺人文筆家にロマン派文学の萌芽を見出し、アヘンを「人間実存の可能な拠点に据えた」最初の文学潮流としてイギリス・ロマン派を吟味する。ターナー晩年の絵画を印象派以上のものとして再評価し、ゴヤとワーズワスの奇妙な同時代的交差に着目する。詩人哲学者コールリッジとユートピアを夢想するかと思えば、イギリス恐怖小説の系譜を丹念に辿る。さらにはヴィクトリア朝時代の夜の喧騒が愉しげに活写される。 高山宏の解説をそのまま引用すれば、これまで「汚れる自然の只中で純粋無垢に憧れるだの、男女間、神人の間の一途な愛だの」といったステレオタイプにまみれていたロマン主義にまつわる認識が本書によって「ぶっとばされた」のだという。 ちょっと斜に構えた感じの筆致が少々鼻につくうえに、カタログ的に書物を羅列するだけのような退屈な箇所もなくはない。もろ手を挙げて賞賛する気にはなれないけれど、イギリス文学への関心をいささかなりとも高めてくれる本であることは間違いない。
by syunpo
| 2013-02-11 19:51
| 文学(小説・批評)
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