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原因療法としての処方箋〜『平和主義とは何か』

●松元雅和著『平和主義とは何か 政治哲学で考える戦争と平和』/中央公論新社/2013年3月発行

原因療法としての処方箋〜『平和主義とは何か』_b0072887_19422448.jpg 平和主義にも様々なバリエーションがある。本書は平和主義の多様性を踏まえつつ非平和主義を含む他の学説との「対話」を通じて、あるべき平和主義のすがたを政治哲学の観点から探究するものである。良書だと思う。

 著者はまず絶対平和主義と平和優先主義を区別する。前者は非暴力の教えを個人的信条としてもつもので、古代ローマのキリスト教にそのルーツを見出すことができる。対して後者は政治的選択としての非暴力の教えであり、個人の生き方に直接関わる問題ではない。自由主義や功利主義、社会主義など複数の系譜がある。ナポレオン戦争や英米戦争の終結を経た一八一五年以降に盛んになったという。
 絶対平和主義は非暴力の教えをいかなる局面においても貫徹しようとする。当然、国際関係の指針として自衛戦争を含む戦争一般に原則として反対する。しかし多くの平和優先主義者はこの原則に何らかの例外があることを認識している。
 本書ではもっぱら平和優先主義を中心にその内容や背景を概説したうえで、他の学説との比較検討を行なっている。

 非暴力の教えを支える倫理学・哲学上の論拠としては、義務論と帰結主義が挙げられる。その行為それ自体から判断するのが義務論で、その行為によって引き起こされた事態から判断するのが帰結主義である。
 義務論者の平和主義は、正当防衛を含む一定の状況下では戦争の殺人を免責する余地を認めるが、にもかかわらず戦争の殺人それ自体が罪悪であり続けることを主張する。帰結主義者の平和主義は、戦争に絶対反対でなくとも、大半の戦争が国民の利益につながらず合理的にみて擁護できないことを強調する。

 以上のような平和主義に対抗する非平和主義としては、正戦論、現実主義、人道介入主義などがある。国際関係論の分野ではいずれも一定の支持を得ている考え方である。
 議論の詳細は省くが、正戦論に対する反論としては、自衛戦争を金科玉条とせず原理的観点・実践的観点からその原則に再検討を迫ることができるだろう。現実主義に対しては、国家行動の目標は安全保障一辺倒ではないこと、またたとえ安全保障が最重要だとしても、軍事力に頼ることがその最善の策とは限らないことを主張する。昨今有力になっている人道介入主義に対しては、軍事介入に性急に走ることに原理的・実践的留保を付け、代わりに非軍事介入を推奨する。

 本書では以上のような省察を経たうえで、平和優先主義のタイプが「国際関係の指針として魅力的かつ説得的な代替案になりうる」という立場を明確にしている。そのなかでもとりわけ「国内的な変革が国際的な協調に繋がる」という「民主的平和主義」のアイデアに意義を見出しているのは注目に値しよう。戦争状態とは「何らかの国内的な原因が生み出す症状の一種であり、原因の除去とともに自然と収まるものだ」という認識がその根底にある。その意味では著者の主張する平和主義は対症療法ではなく原因療法に近い。

 むろん政治哲学上の論戦でかりに平和主義陣営が優勢に立ったとしても、この社会では戦争(の準備)をすることで莫大な利益を得る軍需産業界とその周辺勢力が依然大きな力を持っている。政治哲学の議論にはおのずと限界もあることだろう。しかしそうした現実を考慮に入れてもなお本書における政治哲学的吟味の内容には学ぶべき点は多いのではないかと思う。
by syunpo | 2013-05-16 19:50 | 思想・哲学 | Comments(0)
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