●島田雅彦著『ニッチを探して』/新潮社/2013年7月発行
銀行に勤務していた男が、不正融資をすすめようとする銀行の方針に背き、資金を中小企業や福祉団体に独断で流用、一部を横領した後、行方をくらませる。社会的地位をなげうち家族を残して一人逃避行を開始する主人公・藤原道長。所持金はわずか。ホームレス生活への参入を求めて上野公園を仕切る人物に掛け合うも、体良く断られる。やむなく古い城跡や廃車に寝床を求めながらの放浪。 元エリート銀行員がサバイバルのために試行錯誤する展開はエンターテインメント性にも富んで面白く読ませる。ゲームで獲得したフィギュアを現金に変えたり、スーパーマーケットの試食コーナーで空腹感を癒したり、畑の大根や葱を盗んだり、認知症の女性宅に転がり込んだり。最後は銀行の闇の取引先から差し向けられた男の罠にはめられて窮地に陥るのだが……。 赤羽、上野公園、隅田川、多摩川河川敷、二子玉川……。東京の地誌的知見をちりばめつつ道長の流浪を描いていく物語は、底辺層からみる東京最発見の巡礼の記録でもある。そこには神社があり、寺院があり、墓地があり、古墳がある。おのずと死者のカゲがつきまとう。生き延びていくことは生と死の境を彷徨う苦行としてある。あるいは生を実感することは死者との対話と表裏一体というべきか。 ……大きな災害や戦争が起きると、数万、数十万の犠牲者が出るが、その抽象的な数に涙を流すわけではない。死者たちをあえて点や数に置き換えようとする人は、きっと彼らのことを忘れたいに違いない。 死んだ人たちのことを何一つ知らなくても、私たちの心は痛む。なぜなら、彼らは自分の身代わりに死んでいったと思うからだ。(p5~6) ニッチ=自分が納まるべき居場所を求めて苦闘する男の話をとおして、私たちはあらためて自分自身のニッチはどこにあるのか? という古くて新しい問題に直面させられることになるだろう。そしてその問題が死者という存在に多く関わっているらしいこともまた再認識させられるのである。
by syunpo
| 2014-03-07 20:29
| 文学(小説・批評)
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