●宇野重規著『民主主義のつくり方』/筑摩書房/2013年10月発行
今日まっとうに機能しているとはいいがたい民主主義をいかにつくりかえていくべきか。アメリカ発祥のプラグマティズムが一つの導き手になる。政治哲学を専攻する宇野重規はそう主張する。そしてパース、ジェイムズ、デューイらの考え方を紹介し、日本における事例をピックアップし、今日の継承者としてオバマ大統領とローティに言及する、というのが本書の大まかな構成である。 宇野が〈プラグマティズム型〉の民主主義を提起するとき、対極にあるのは〈ルソー型〉民主主義。後者の鍵概念は「一般意思」であるが、それは社会が真に一体になったときに現れる「共同の自我」のようなものと考えられる。人々はそこに到達できないとしても、いわば一つの目標としてそれに近づいていくことが重要なのだ。しかしそうしたフィクショナルな民主主義モデルを宇野は斥ける。明確な意思の担い手としての人間像そのものを問いなおすべきではないのか。そこで浮上してくるのが〈プラグマティズム型〉民主主義というわけである。 プラグマティズムで重視される概念は〈習慣〉。もっともそれを辞書的な意味でとらえてはいけない。 ……習慣とは、人間による学習された行動様式であるが、それは不断に検証され、修正されていくものである。言い換えれば、そのような状況が生じた場合にただちに行動する準備ができているという意味で、定着し性向になった行動様式である一方、つねに変化に対して開かれているのが習慣である。(p123) デューイをはじめとするプラグマティストたちのいう〈習慣〉とは「他者との相互作用やコミュニケーションを通じて、生産され、再生産される」ことがらなのである。宇野によればこのような考え方は、伝統社会ではないアメリカという土地だからこそ生まれたものといえる。 本書に面白味があるとすれば、持続性や保守と結びつけられて理解されがちな〈習慣〉をプラグマティズムの観点から社会変革の梃子と見做している点に求められるだろう。かつて三木清も『人生論ノート』において〈習慣〉を生命力の躍動とみるような記述を残したが、宇野はそれを民主主義との連関において捉え直し社会的なコンテクストに拡張したともいえる。 さらに〈習慣〉の可能性を論じるに際して、ハイエクとネグリ=ハートを持ち出しているところにも宇野の思考の柔軟性があらわれているかもしれない。前者は新自由主義者として、後者はマルクス主義の変奏者として引用されることが多いのだが、ともに〈習慣〉に論及していることに着目したのである。 ただそれにしても、率直にいって本書で述べられているプラグマティズムや〈習慣〉にさほどの魅力は感じられなかった。この程度の抽象的な概念ならば他にも代わりがあるとまではいわないにしても、それで現代社会の複雑さに本当に太刀打ちできるとも思えない。紹介されている具体例(ソーシャル・ビジネスのNPO法人、島根県海士町のIターン政策など)もそれぞれに面白い試みであることは否定しないが、論者によっていろいろな文脈で称揚できそうな多義的な成功事例だと思う。 たとえば民主主義の機能不全を象徴的にあらわしている原発の問題について考えてみよう。「原子力ムラ」の負の連鎖のなかに取り込まれ交付金漬けにされた地域社会が別の途を模索しようとした場合、どのようにすればそこから抜け出すことができるのか。これは政治家も学者も頭を悩ませる難題である。プラグマティズムのいう〈習慣〉がそのような難題にいかほどの示唆を与えうるのか、と問うことは酷だろうか。 すべての個人が自らの信じるところに従って「実験」を行なう権利があるとプラグマティズムの教えはいう。だが万人が思い思いに「実験」を行えば当然多くの衝突が生じる。そのような衝突に直面したときに調停することこそが政治の大きな課題ではなかったか。その調停もまた〈習慣〉の力に委ねよということかもしれないが、かかるメッセージにどれほどの実質的な力があるのか。私にはよくわからない。
by syunpo
| 2014-08-29 19:30
| 政治
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