●早川誠著『代表制という思想』/風行社/2014年6月発行
代表制民主主義の機能不全。今や多くの人が政治を考えるときに実感していることだろう。だが本当に代表制は民主主義の真価を発揮できない仕組みなのか。本書の答えは「ノー」。代表制民主主義は次善策や必要悪ではない。直接民主主義にはない特徴がある。本書は代表制論における豊富な議論の蓄積を参照しながら、その積極的な意義や役割を考察するものである。 代表制への不信感を背景として主張されてきたものに首相公選論と熟議民主主義論がある。前者は魅力的な代表者のリーダーシップによって、後者は政治に積極的にかかわる市民の存在によって、曖昧な民意にかたちをあたえようと試みるものである。しかし問題も多いし乗りこえるべきハードルも高い。 それらに対して代表制は「代表と市民という二重の主体を用意することによって、民意の多様性に対応しようとする」制度にほかならない。言い換えれば「単なる民主政ではなく、一種の『混合政体』になっていること」にひとつの特徴がある。それは「優れた者を選出するという貴族政的な機能を、有権者の判断によって民主的にコントロールすることができるということ」である。 そもそも民主主義にとって、市民の意志の反映は重視されるべき事柄の一側面にすぎない。ウルビナティは代表制の役割は「意志」というよりも「判断」の領域に働きかけることにある、と考えた。意志とは現在の定まった意見であり、判断とは個々の人びとの意志が議論や行動を通じてやりとりされ変化していくなかで必要とされるものである。 代表者は有権者の意志を受けとりはするが、それでも代表者は有権者自身ではない。ルソーの言葉にしたがえば、「意志というものは代表されるものではない」。だからこそ、代表は判断の領域に踏み込むことができる。しかも、意志をそのまま表現するわけにはいかないからこそ、齟齬の解消のために民主的な議論が喚起され、活発な政治参加の必要も生じてくる。(p193~194) 代表制の特質は、そして代表制の意義は、直接民主制と比較して民意を反映しないことにあるのであり、民意を反映しないことによって民主主義を活性化させることにあるのである。(p194) 著者の指摘する代表制の民主的性格と非民主的性格の両義性は、そのまま本書の記述をアクロバティックなものにしている印象もなくはないが、いずれにせよ代表制を直接制の代替策として捉えるのではなく、並列的に考えようという主張は傾聴に値するだろう。政治学の研究者にとっては常識の範疇に入る説であるとしても、私にはとても勉強になった。 ただし「代表は代表であることそれ自体によって総合的な視点と判断力をもつように強いられる」といった認識などはやはり理念レベルでの話にとどまるのではないか。現実の政治に目を向ければ「総合的な視点と判断力」を持っているとは思えない政治家が数多く存在していることは否定できまい。本書における理論的な代表制擁護論が現行制度に不満を抱いている読者を納得させることができるかどうかはいささか微妙である。
by syunpo
| 2015-03-12 20:06
| 政治
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