●橋本治著『負けない力』/大和書房/2015年7月発行
負けない力。それこそが知性なのだと橋本治はいう。その力に対比されるのは「勝てる力」である。 動物には自分が生きていくための縄張りとしての「テリトリー」がある。他者が侵入してくると威嚇し、それでも出ていかないときは戦って追い出す。動物にとって重要なのは、自分のテリトリーを守って負けないということであり、人間のように大帝国を作ったりはしない。 しかしよく考えると人間だって「勝つ」必要はない。負けなければいいのだ。人間にとって重要なのは「負けない力」であり、それはむやみに勝ちにいこうとする欲望を抑制することにつながる。これが著者のいう知性の働きだ。 それにしても何故に人間はむやみに勝ちにいこうとするのだろうか。その問いの先には「不安」という問題が浮かびあがる。 ある古生物学者によると、恐竜は二億年近くの時間を生きていて、そんな長い時間、知能を発達させるという方向へ進まなかったのだから、どう考えても恐竜には、知能を持って発達させるという必然と可能性はなかった、という。人類が登場したのが二十万年くらい前で、古代文明が生まれたのは今から約五千年前。──なんで人類は、そんなにせっかちに知能を発達させなきゃならなかったのか。なにかわからないが、それを必然ならしめる理由があったに違いない。 ただ「食うこと」だけを考えていればよかった恐竜と、知能を発達させて行った人類との間にある前提の差は、「不安」があるかないかです。 「不安があるからこそものを考えざるをえない」というのは、今にも残る人間の真理で、「不安」という正体のよく分からない漠然としたものにつきまとれるから、人間は「負けない」の限度を超えて、「勝ってやる!」という方向へ進んでしまうのでしょう。(p221) 不安があるからこそ人間はものを考える。ゆえにものを考えるとは「悲観的になる」ことでもある。「地獄の底まで降りて行く覚悟をする」ということ。でも、降りて行ってそのままだったらどうにもならない。つまり「ものを考える」ということは、悲観的であるような方向に落ちて行きながら、最後の最後に方向を楽観の方に変えることが必要なのである。 抽象論・一般論的な記述が大半を占め、率直にいってさほど面白い本ではないけれど、知性に対して著者ならではの見方を示した書物ではあると思う。
by syunpo
| 2016-04-14 18:31
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