●文部省著、西田亮介編『民主主義 〈一九四八−五三〉中学・高校社会科教科書エッセンス復刻版』/幻冬舎/2016年1月発行
かつて政治学者の岡野加穂留は、“democracy”を「民主主義」と訳すことに疑義を呈した。それはあくまで政治制度上の概念であるからして「民主制」「民主政」と訳すべきであると。岡野の認識によれば、「民主主義」の訳語が妥当するのは“democratism”である。 本書が説く民主主義は“democratism”に対応する概念である。それは第1章が始まってすぐに提示される以下の文章によって明らかであろう。 多くの人々は、民主主義とは単なる政治上の制度だと考えている。民主主義とは民主政治のことであり、それ以外の何ものでもないと思っている。しかし、政治の面からだけ見ていたのでは、民主主義をほんとうに理解することはできない。政治上の制度としての民主主義ももとよりたいせつであるが、それよりもっとたいせつなのは、民主主義の精神をつかむことである。なぜならば、民主主義の根本は、精神的な態度にほかならないからである。それでは、民主主義の根本精神とはなんであろうか。それは、つまり、人間の尊重ということにほかならない。(p21) 政治思想としての民主主義。戦後日本が社会に広く浸透させようとしたのは、“democracy”のみならず“democratism”であった。中学・高校の教科書として使用された本書を読むとそのことがよく理解できる。 一章を割いて今日言うところのメディア・リテラシーの重要性を説いたり、労働組合の必要性に言及するなど民主主義を活性化させるための諸条件に目配りしている点もなかなかよく出来ていると思う。 編者の西田亮介が述べるように本書からは「かつて民主主義に最も真剣に向き合わざるえおえなかった時代の日本人」の政治社会をめぐる清新な思索のあとを感じとることができる。 もちろん首肯できない記述もなくはない。「みんなで十分に議論をたたかわせた上で、最後の決定は多数の意見に従うというのが、民主政治のやり方である」(p91)と言い切るのは誤り(多数決原理を採らない民主主義は理論的にも現実的にもありうる)だろうし、宣伝と報道をあえて混同する記述は、大本営発表報道の記憶が未だ生々しい時期とはいえ、もう一工夫ほしいところ。 いずれにせよ、民主主義の理念と社会の現実とがぴたっと合致することはありえない。とりわけ昨今の政治状況は本書で描かれた民主主義のビジョンとはかけ離れた惨憺たる様相を呈している。政治に対しては距離をおくことが賢明というようなシニカルな発言がそれに付随する。だからこそ、今、本書を読んで民主主義について再考することは意義深いことだろう。
by syunpo
| 2016-05-10 20:07
| 政治
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