●白井聡著『戦後政治を終わらせる 永続敗戦の、その先へ』/NHK出版/2016年4月発行
話題を集めた『永続敗戦論』の続編というべき著作。「永続敗戦レジーム」論をさらに精緻化し、そこからの脱却のための道筋までを示すというのが本書の趣旨である。 白井聡は本書で「永続敗戦レジーム」の核を成す対米従属構造を「確立の時代」「安定の時代」「自己目的化の時代」の三段階に区分している。占領期から保守合同による五五年体制の成立を経て六〇年の安保闘争の時期までが「確立の時代」。そこから冷戦終焉までが「安定の時代」。それ以降、対米従属が自己目的化したのが「自己目的化の時代」である。対米従属の合理的な理由がなくなったにも関わらず盲目的従属が深まっている点に、現代社会の歪んだあり方が際立ってきた理由を見いだせる。 そうした「永続敗戦レジーム」の自己目的化の時代に関して、本書では新自由主義という世界的文脈がいかなる影響を与えてきたのかについても考察を加えている。右傾化や反知性主義などの危機的現象は、日本特有の現象ではなく、近代資本制社会の世界的な行き詰まりと関連づけて捉えられるのである。戦後政治を乗り越えるためにはそのような病的現象が猛威をふるうなかで実行されなければならない、というわけである。 では、「永続敗戦レジーム」に枠付けられた戦後政治を乗り越える──ポスト五五年体制を構築する──にはどうすればよいのか。 「永続敗戦レジーム」は、「政官財学メディアの中心部に浸透した権力構造であり、それゆえこれに対抗したり突き崩そうと試みるのはあまりに困難である」と感じられるかもしれないが、沖縄が一つのヒントになると白井はいう。沖縄での政治対立の構図こそが本書で言及している本質的な構図が現れている、すなわち二〇一四年の県知事選は「永続敗戦レジームの代理人」(仲井真氏)対「永続敗戦レジームを拒否する勢力」(翁長氏)というものであったからである。この構図を日本全土に広げること。それが〈永続敗戦レジーム〉からの脱却をもたらす契機となるだろう。そのためには三つの革命が必要だというのが白井の認識である。三つの革命とは「政治革命」「社会革命」「精神革命」をいう。 「政治革命」については、白井は野党共闘に可能性をみている。「この動きが、永続敗戦レジームと正面から闘う勢力の形成へとつなが」るかどうかはあとの二つの革命の帰趨にかかっている、という。 「社会革命」とは「近代化の原理の徹底化を図ること」である。基本的人権の尊重、国民主権の原理、男女の平等などがそこに含まれる。「精神革命」とは、様々な「自己規制」や「自分自身の奴隷根性」など自らが自らを隷従させている状態から解き放たれることである。その時、「永続敗戦レジーム」がもたらしている巨大な不条理に対する巨大な怒りが、爆発的に渦巻くことになるだろうと白井は結ぶ。 『永続敗戦論』を読んだ時、いくばくかの違和感をおぼえたのだけれど、昨今の言論空間をみるにつけ、かなり的確なことを指摘していたのではないかと思い直すようになった。私には端的に偽善としか思えない広島でのオバマ大統領演説への無邪気な賛辞の数々をみていると、イデオロギーの左右に関係なく、米国が主導してきた戦後政治への批判精神を根本的に欠落させた人々が少なくないように思われるのだ。つまり日本では白井のいう「永続敗戦レジーム」が無自覚なままに広く共有されているということではないのか。本当の意味で民主主義を確立するためには「永続敗戦レジーム」からの脱却は不可欠であろう。 本書には目新しいことは書かれていない。だが「言葉が陳腐に見えても、まだ実行されていない理論は新鮮である」と中江兆民は述べた。今こそ兆民の言葉を想起する時なのかもしれない。
by syunpo
| 2016-06-13 20:20
| 政治
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