●平田オリザ著『下り坂をそろそろと下る』/講談社/2016年4月発行
日本はこれから衰退期を迎える。これから日本人は三つの寂しさと向き合わねばならない。そのように平田オリザは言明する。 日本はもはや工業立国ではない。 日本はもはや成長はせず長い衰退期を戦っていかなければならない。 日本はもはやアジア唯一の先進国ではない。 以上三つの寂しさを受け止め、受け入れること。本書はそのための方策やヒントとなる事例を記した書物である。結論的にいえば、平田は「文化の自己決定能力が地域の競争力を決定する」と言い切る。第三次産業の比率が大きくなっている現状から考えれば、地域に人を呼び戻し人を集めるためには文化の力をおいてない、そしてその政策は中央に決めてもらうのではなく地元のことを最もよく知っている自分たちが決めること。そこに活路を見い出せというわけである。著者自身も書くようにこれは藻谷浩介の『里山資本主義』の文化版というべき趣の本といえよう。 本書では具体的に取り組んでいる豊岡市や善通寺市の実例を細かく報告している。いずれも平田自身が関与しているのでやや手柄話めくが、それなりに説得力を感じさせるものだ。 豊岡市は、志賀直哉の小説〈城崎にて〉で知られる城崎の温泉街をもっている強みを活かした町づくりを実践。平田の提案で城崎国際アートセンターを創設し、演劇人たちの拠点となるような施策を行なっている。アートセンターに滞在するアーティストたちは低料金で外湯に入れるなどの特典を与えられる。アーティストたちに安く温泉を利用してもらうために条例改正まで行なったという。 善通寺市は四国学院大学を核とした町おこしを行なっている。この大学に本格的な演劇コースを設置し、学生たちを全国から集めているのだ。文化資本は「本物」に触れることでしか育たない。地域間格差を解消するためには「地方こそ教育政策と文化政策を連動させて、文化資本が蓄積される」環境をつくっていかなければならないというワケである。 とはいえ疑問も残る。もともと歴史的に文化資本が伝承されてきた地方はいいけれど、これといってセールスポイントがない場合、ゼロから文化を発信していくのは口でいうほど簡単ではないとの反論もあるかもしれない。 また「文化の自己決定能力が地域の競争力を決定する」というテーゼじたいは論理的には否定しがたいことは認めるけれど、結局は苛酷な地域間競争にさらされるしかないのかと思うと、やはり気が重くなる。限られたパイを奪いあう競争では勝者のカゲにそれ以上の敗者があらわれる。敗者はただ下り坂を転げ落ちていくだけではないか。これといって対案があるわけではないけれど、みんなで「下り坂をそろそろと下る」こともまた容易なことではないような気がする。
by syunpo
| 2016-10-08 11:55
| 文化全般
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