タンザニアの都市住民に学ぶ〜『「その日暮らし」の人類学』

●小川さやか著『「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義批判」/光文社/2016年7月発行

b0072887_10415995.jpg「その日暮らし」は現代日本ではダメな生き方ということになっている。でも本当にダメなんだろうか。小川さやかは「その日暮らし(Living for Today)」を人類学的に追究することで現代人の生き方を問い直そうとする。同時に、「その日暮らし」として組み立てられた経済が必ずしも現行の資本主義経済とは相いれないものではないことも示される。それらはしばしば「逆説的にも主流派経済に向けられるべき不満を自力で解消し、主流派経済を存続させる役割を担っている」。

 Living for Today。その日その日を生きる。これは何ら特別な生き方ではない。現代日本人はそのことを想起していないだけだ、と小川はいう。「明日どうなるかわからないといったゾワゾワを封じるために、社会全体でいまの延長線上に未来を計画的・合理的に配置し、未来のために現在を生きることがまるで義務であるかのように生きている」のが現在の私たちである。

 そこでいくつかの実例が紹介される。
 たとえば、アマゾンの狩猟採集民ビダハン。彼らは道具類をつくらず、保存食もつくらず、食べられる時は食べ尽くす。儀礼らしき行為も存在しない。言語における過去や未来を示す時制は限定的で、直接体験したことのない他の文化には興味を示さない。「価値や情報を行動や言葉を通じて『生のかたち』で伝えようとするビダハンは、価値を、数や色の名前のような抽象的、記号的なもの、普遍化のための概念に置き換えることをしない」のだ。

 そして、タンザニアの焼畑農耕民トングウェ人。できるだけ少ない努力で暮らしを成り立たせようとする「最小生計努力」と、おもてなしの互酬による「食物の平均化」が彼らのキーコンセプトである。ただし掛谷誠によるトングウェ人の暮らしの分析には、小川自身はあまり魅力を感じなかったらしい。「嫉妬や妬み」をその生き方の基盤に見出していたから。

 小川はタンザニアの都市住民や香港におけるタンザニア人の商法に関して長い年月をかけて調査を行なった。そのうえで「どうかなったら、そのときに対処する」という生き方をめぐって「嫉妬やうらみによる平準化の圧力は抑圧ではなく、自然や社会との関係的に存在する時間を操る生き方の技法」として解釈し直す。それが本書の肝となる認識である。

「明後日の計画を立てるより、明日の朝を無事に迎えることのほうが大事だ」というタンザニアの人びとの言い分は「筋道だった未来を企図することの代わりに、いま可能な行為には何にでも挑戦すること、そのためにはつねに新たな機会に身を開いておき、好機を捉えて、いまこのときの自分自身の持っている資源を賭けていくことを意味している」のだという。

 新自由主義は人類学では否定的に論じられることが多いが、本書において、タンザニアの人びとが謳歌しているのもまた一つの新自由主義である。それは必ずしも否定的なものとは見なされない。いわば「下からのグローバル化」であるが、アナーキーでありつつも「法的には違反しているが道義的には許せる」第三の空間を創出する過程に小川は一つの可能性を見出そうとするのである。

 本書では具体的に彼らの商売のしかたや処世術について私たちには一見理解しがたい事例がいくつも報告されている。なかでも「金融機関からの借金を踏み倒すよりも、友人からの借金を踏み倒したほうが──前者には利子がつき、返済不能な場合には財産を差し押さえられるというリスクがあるだけでなく──道義的にも良いとの意見」を紹介しているくだりは興味深い。その理由は、後者は〈借り〉が返済されていない状態に過ぎず、たとえ時間がかかっても返すことができるときが来れば、いずれ返すつもりがあるからにほかならない。

 ……彼ら(=タンザニアの人びと)は自前の優れた互助のネットワークがあったから、税金や営業許可料の支払いを無視しつづけインフォーマルであることができ、政府に社会保障の充実を過度に期待しなかったのである。(p201〜202)

 ナタリー・サルトゥー=ラジュの『借りの哲学』を批判的に引用しつつ展開する小川の考察は、なるほど資本主義経済の再考を迫るもので私にはおもしろく感じられた。私たちの社会にとって支配的である経済合理的、計画主義に基づく未来優位、発展主義的な人間観はもちろん普遍的なものではないのである。
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by syunpo | 2016-12-17 10:47 | 文化人類学・民俗学 | Trackback | Comments(0)
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