●西谷修著『戦争とは何だろうか』/筑摩書房/2016年7月発行
戦争とは何だろうか。本書では、現在の戦争を理解するために世界の状況の変化につれて戦争がどう変わってきたのかを、近代以降にしぼって概観する。いわば近代の戦争史、あるいは戦争という出来事からみた世界近代史といえようか。戦争という行為の善悪をひとまず括弧に入れたうえで、その歴史的変遷を哲学的に検証している点に本書の特徴がある。 戦争とは何だろうか。この一見素朴な問題提起による歴史的検証は実に奥の深いものであることが読み進むうちにわかってくる。現代の戦争を考えることは同時に主権国家のあり方や法の支配、個人の人権などについて考察することにもつながってくるからだ。 近代の国民国家が成立して以後の戦争は主権国家同士の戦いとなった。これは重要な論点である。主権国家という以上、まず主権とは何かという問題は避けて通れない。西谷はその問題について以下のように論じている。 ……では主権とは何なのか? 国内をみずからの課す法秩序に従わせ、その法を守らせるために死をもって罰することができる、そういう権力です。そして同時にその主権は外国に対して戦争を宣言し、その時には自国の兵士に、侵入や破壊や殺害を命じることができる。つまり、主権というのは、内に向けても外に向けても、「殺す」ことができる権力だということです。(p48) 近代においては戦争の遂行を主権国家のみに認めた。それは全体としては戦争を抑止するシステムにもなった。いわゆるウェストファリア体制といわれるものである。 主権国家間の戦争では当然ながら国民が戦場に駆り出される。そのことは政治の変化をも促すことになった。国民が生命を賭けて戦う以上は「当然そこに政治的発言権がついてくるように」なるからだ。国民軍による戦争が民主主義台頭のベースになったという西谷の逆説的な指摘は興味深い。 こうした国家間の戦争は、二度にわたる世界大戦の経験を人類にもたらした。それは単に戦場の拡大ということのみを意味するわけではない。もっと大きくて深い変化である。 ……「世界戦争」というのは、地理的に拡大しただけでなく、人間世界が丸ごと戦争に呑み込まれるようになる、そういう意味で「戦争が世界化する」と同時に「世界が戦争化する」ということでもあったのです。(p91) 第二次世界大戦後には国際連合が創設される。しかしながら世界を二分する冷戦の時代という新たな局面を迎える。そこでは大国同士の大きな戦闘は避けられたが、局地的に代理戦争が戦われた。 冷戦は旧ソ連の崩壊によって自由主義陣営が勝利したかのようにみえたが、その後にやってきたのは平和ではなく、さらなる混沌であった。先進国が「テロリズム」との戦争を行なう時代に入ったのである。いうまでもなくそれを主導したのは米国である。 カール・シュミットは、主権者とは「例外状態について決定をくだす者」だとしたのだが、「テロとの戦争」宣言はアメリカの「世界の主権者」宣言といえる。もちろん「テロとの戦争」という表現じたいが、アメリカ主導の認識枠組みの典型である。その枠組みが戦争の概念そのものを変えてしまった。国家が対外的に暴力を行使することの制約が取り払われてしまった、と西谷はいう。 ……「テロとの戦争」で決定的なのは、「殺してもよい人間」という新しいカテゴリーができてしまったことです。(p163) 本来ならテロの首謀者や実行犯は司法の手続きをへたうえで有罪が確定したのちに処罰されるはずが、「戦争」となれば、そのような手続きなしにその場で「殺してもよい」ことになったのである。西谷はこれを否定的な意味をこめて「画期的なこと」と言明する。 ……「テロとの戦争」という観念が作られ、それが現実化されて、全世界の主要国がそれを認めた時から、地上には存在を認められない人間、「非人間」という新しいカテゴリーができてしまった。アメリカの指導層が始めた「テロとの戦争」は、そのように根本から「文明」の倒錯に導くものなのです。(p166) 本書を読むことによって、戦争という概念の変遷は同時に政治・経済から文明の問題にいたるまで基本的な理解の枠組み自体をも揺れ動かしているということが理解できる。その意味では戦争を知るとは人間社会そのものを知ることでもあるだろう。しかし戦争をしなくとも人間らしい社会を築くことは可能なはずである。
by syunpo
| 2017-05-05 19:35
| 思想・哲学
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