戦後民主主義から二一世紀建築へ〜『丹下健三』

●豊川斎赫著『丹下健三 戦後日本の構想者』/岩波書店/2016年4月発行

b0072887_1128101.jpg 戦後の復興期から高度成長期にかけて多くの国家プロジェクトを手掛けた丹下健三。その活動は建築の領域にとどまらず、それらが織り成す都市のあるべきすがたを追求しつづけることでもあった。丹下が創り出した建築・都市空間は、高度成長の道をつき進む戦後日本の象徴だったといえる。

 また丹下は、浅田孝、磯崎新、黒川紀章ら多くの逸材を輩出したことでも知られている。本書では「世界のタンゲ」の足跡を、「丹下シューレ(丹下学派)」の活動とともにあとづけていく。その作業をとおして、彼らのつけた道筋が二一世紀の日本の建築に直に接続していることが示される。

 著者の豊川斎赫は建築家であり建築史を専攻する研究者でもある。批判の多かった丹下の仕事に対し、積極的に今日的な意義を見出そうとしている点に本書の特色があるように思われる。たとえば初期の代表作ともいえる有楽町の都庁舎は建築物としては評判が悪かったが、その構想については肯定的な見方を提示している。

 この都庁舎の試みは、合理的な建築の追求のみならず、都心に集う市民がシェアする公共空間のプロトタイプを目指していた。これらを鑑みるに、建築に込められた思想の点で、都庁舎は二一世紀のどの超高層ビルをも凌ぐ画期的な建築であった、と評価できる。(p36)

 著者のいう「戦後日本の構想者」としての一面が都庁舎にも表現されていたと見るわけである。その後、丹下は数多くの国家プロジェクトに参画して、「一九六〇年代の丹下は、社会変化に機敏に反応しながら、建築・都市・国土を有機的に統合し、〈建築の本義〉を具体化しようとした」。

 海外での活躍も目を見張るものがあった。中東諸国での都市計画、アフリカにおける総合大学建設プロジェクトへの参加、シンガポールの都市再開発……などなど丹下の名は世界的ブランドとなる。

 とはいえ、丹下の仕事が彼の地における文化史の進展にどの程度寄与しえたのかは疑問符もつくだろう。たとえばサウジアラビアでの仕事に関して豊川は「王族の権威や繁栄を象徴するものであり、アラビア半島の文化や社会構造の変化にどれほど貢献しえたのかは、慎重に評価する必要がある」という。

 それはそれとして、丹下は世界で学んだことを国内での仕事にも応用しようとしたことは事実である。東京では、美濃部亮吉知事のあとを継いだ鈴木俊一都政への共感を隠すことなく新宿都庁移転のプロジェクトに取り組んだ。

 丹下案を見た多くの論者からは「その外装が歴史様式を散りばめたポスト・モダンである」と批判の声が聞こえてきたが、豊川の評価は少し異なる。「一定規模を超えた巨大な複合施設を計画する場合、内部の機能に即しつつ整った外装を生み出すことは至難の業」である、丹下は「中東やアフリカの地域性や歴史性を抽象的にパターン化し、内部とは無関係なパターンを構造に貼り付ける手法を学習していた」ので、新都庁舎ではこの手法を応用したにすぎない、と。つまり「近代社会の終焉をデザインで訴える意図は毛頭なかった」と弁護するのである。

 大きな政治問題ともなった都市博覧会を含む臨海副都心再開発のプロジェクト・東京フロンティアにも丹下は深く関与したが、青島幸男知事の誕生で成就することはなかった。

 東京フロンティアは国際金融都市シンガポールが先行モデルとなっており、既視感だけが残る結果となった。これは、現在もビジネス誌を彩る、さまざまな東京構想の雛形となっている。われわれの構想力は東京フロンティアの射程距離を抜け出ていないのが現状である。(p139)

 ただし以上の認識のみでは、丹下に先見性があったとする評価に直接つながる理路を整備するにはいたらないだろう。むしろ「われわれの構想力」の進展性のなさに自省をせまるものと受け取るべきではないだろうか。
 従来批判されてきたバブル期の活動にひそむ先見と洞察に光をあてている点が本書の特徴の一つという触れ込みではあるが、その点についてはやや漠然とした記述で物足りなさが残ったというのが率直な感想である。しかしそれを差し引いても丹下健三という一人の象徴的な建築家の活動を知るうえで本書は示唆に富む本といえよう。
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by syunpo | 2017-07-02 11:29 | 建築 | Trackback | Comments(0)
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