クヨクヨすることから表現は始まる!?〜『コンプレックス文化論』

●武田砂鉄著『コンプレックス文化論』/文藝春秋/2017年7月発行

b0072887_1964470.jpg コンプレックスについて語る。といっても本当に切実そうなものからネタ的なものまで種々雑多。リストアップされているのは〈天然パーマ〉〈下戸〉〈解雇〉〈一重〉〈親が金持ち〉〈セーラー服〉〈遅刻〉〈実家暮らし〉〈背が低い〉〈ハゲ〉の十項目である。

 それぞれの項目について、該当者へのインタビューをはさんで、関連するテクストを読み込み文化全般に目配りのきいた武田の批評的なエッセイを配する、という趣向。

 本書を読んであるある的な実感を得て安心するというような人がどれだけいるのかわからないが、かといって語られている内容に対して生真面目に反論したり違和感を表明したりする本でもないだろう。武田のクネクネした文章芸を楽しめばよろしいと思う。

 もっとも身体や生育環境に起因するコンプレックスがなにがしかの表現活動を産出する原動力になるというテーゼは、それじたいが一つの紋切型ではある。そういう意味では〈解雇〉とか〈遅刻〉など、通常なら「コンプレックス」の範疇に入ることのない異なった次元にあるものをテーマに採った場合に、武田の批評精神がいっそう活きているように思われる。

 たとえば〈解雇〉の場合、ロックバンドにまつわる解雇の事例を概観したうえで、所属事務所から契約解消され「ハイパー・メディア・フリーター」として活動している黒田勇樹へのインタビューをはさんで、シモーヌ・ヴェイユなんかを引用して「切実な表現は残酷な解雇から生まれる」と結論する展開は武田ならでは。

 これが〈遅刻〉話になると、仕事が遅れ気味だった宮崎駿の例をもちだし、中谷宇吉郎の随筆を引いて時間厳守することの精神的疲弊を指摘した後に、遅刻の常習犯・安齋肇のインタビューにすすむという寸法。主張の中味よりも道具立ての面白さで読ませるといったおもむきである。

 つけ加えれば〈親が金持ち〉コンプレックス論などは、貧乏人の私にはほとんどシュールレアリスムの世界をのぞいたような異様な読後感をもたらしてくれた。

 デビュー作の『紋切型社会』の切れ味には及ばないけれど、各界のコンプレックス文化人の語りと武田節がほどよくハーモニーを奏でた奇妙で興味深い本といっておこう。
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by syunpo | 2017-08-24 19:10 | 文化全般 | Trackback | Comments(0)
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