原始心像から元型へ〜『無意識の構造』

●河合隼雄著『無意識の構造 改版』/中央公論新社/2017年5月発行(改版)

b0072887_18502982.jpg 無意識という用語は今でこそ私たち一般人も普通に使っているが、その概念が初めて提起されたときには人々を驚かせたはずである。意識のなかに、いや意識と対立するものとして、そのような概念がありうるとは誰も考えていなかったのだから。

 無意識という概念を最初に打ち出したのはいうまでもなくフロイトである。ユングもその考えに魅せられて二人は意気投合するものの、やがて二人はたもとを分かつことになった。「フロイトが個人的な親子関係を基にして、エディプス・コンプレックスを強調するのに対して、ユングが普遍的な母なるものの存在を主張し、フロイトから離別していった」ということらしい。

 本書は日本におけるユング心理学者の第一人者として活躍した河合隼雄が一九七七年に刊行した新書の改版。文字どおりユング心理学における無意識の構造を入門書的に解説したものである。

 河合がユングの考え方に独自性をみることの一つとして「無意識内に存在する創造性に注目し」たことが挙げられる。「退行現象が常に病的なものとは限らず、創造的な側面をもつことを指摘したのはユングの功績である」という。

 すべて創造的なものには、相反するものの統合がなんらかの形で認められる。両立しがたいと思われていたものが、ひとつに統合されることによって創造がなされる。(p57)

 またユング心理学の鍵言葉となっている「元型」なる概念を打ち出したこともよく知られている。

 ユングは統合失調症患者の幻覚や妄想を研究するうちに、それらが世界中の神話などと共通のパターンや主題を有することに気づいた。それらのイメージはきわめて印象的で、人をひきつける力をもっている。

 ユングはそれらの典型的なイメージを、当初は、ヤーコプ・ブルクハルトの用語を借りて「原始心像」と呼んだ。その後、それらのイメージのもととなる型が無意識内に存在すると考え、それを「元型」と呼ぶようになった。

 元型は人類に共通なものと仮定されるが、文化の差異によってそれのあらわれ方に微妙な差があることにも注目していきたい、と河合はいう。

 今ひとつ私的に興味深く思えたのは、自己実現の過程を述べた最終章である。ユングは〈自己〉と〈自我〉を区別して、自己実現のプロセスを考察した。

 人間の意識は〈自我〉を中心として、ある程度の統合性と安定性をもっているのだが、その安定性を崩してさえも、常にそれよりも高次の統合性へと志向する傾向が人間の心の中に存在すると考えられる。

 そのような心全体の統合の中心として〈自己〉の存在がある、とユングは考えたのだ。「自己は心の全体性であり、また同時にその中心である。これは自我と一致するものでなく、大きい円が小さい円を含むように、自我を包含する」。

 本書で述べられていることは、とくに性差に関わる問題では今となっては古臭く感じられる部分もなくはない。しかし「無意識」のあり方を知るうえでは今なお有益な入門書であることは確かだろう。
[PR]
by syunpo | 2017-09-06 18:55 | 心理・精神医学 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://syunpo.exblog.jp/tb/27095996
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 訴えられたことのない物書きなど... ディーセントな暮らし、フェアな... >>