公平公正な議論のために〜『メディアに操作される憲法改正国民投票』

●本間龍著『メディアに操作される憲法改正国民投票』/岩波書店/2017年9月発行

b0072887_2044317.jpg 憲法改正をめぐる議論が現実味を帯びてきた。国会で改憲発議がなされると国民投票が行なわれる。しかしながら現行の憲法改正国民投票法には致命的な欠陥がある。投票運動期間中の広告規制がほぼ存在しないのだ。そのような欠陥が具体的にいかなる事態をもたらすか。

 大手広告会社の博報堂で営業マンとして活躍した本間龍によるシミュレーションは具体的である。公明正大な熟議を行なうにふさわしい情報環境からはほど遠い状態になることが予測されるのだ。

 改憲派にはまず国民投票の日程を決定できるというアドバンテージがある。それを逆算して早い段階から広報宣伝戦略に着手することが可能だ。政権与党が改憲発議をするわけだから、当然、政党助成金や企業からの献金など財力も護憲派に比べ豊かである。

「国民投票運動広告」はテレビCMは投票日の二週間前から放送禁止となるが、「意見広告」に関する禁止条項はない。最低六〇日間以上の長期にわたり、あらゆる手段で有権者に届けられる広告は予算がある方が絶対に有利。マーケティング技術は日々進化している。宣伝広告による働きかけが投票結果を大きく左右することは間違いないだろう。

 とくに電波メディアにおける広告資金量や発注タイミングの差は、圧倒的な印象操作を生む危険性が否定できない。これは国民投票が目指す公平で自由な投票を妨げる大問題であると本間は指摘する。

 国民投票の長い歴史をもつ欧州各国では、当然ながら国民投票に関して種々のメディア規制を敷いている。イタリア、フランス、イギリス、スペイン、デンマークなどではテレビスポットCMを原則禁止しているのは要注目。またフランスでは、賛成・反対両派の広報活動を監視する第三者機関が設置されるという。

 ……欧州の主要国でテレビのスポットCMが軒並み禁止されている事実は、テレビCMという宣伝媒体の怖さを十分に物語っていると思われる。各国がそれぞれの国民投票における歴史の中でテレビCM規制の必要性を感じ、同じように規制の網をかけている意味を、日本でも十分に検討する必要がある。(p44)

 そこで本書では以下のような提案がなされている。

(A)あらゆる宣伝広告の総発注金額を改憲派・護憲派ともに同金額と規定し、上限を設け国が支給する(キャップ制)。
(B)テレビ・ラジオ・ネットCM(電波媒体)における放送回数を予め規定し、放送時間も同じタイミングで流す。もしくは同じ金額と規定する。
(C)先行発注による優良枠独占を防ぐため、広告発注のタイミングを同じとする。
(D)情報内容や報道回数、ワイドショーなどでの放映秒数などで公平性を損なわないよう、民放連に細かな規則を設定させ、違反した場合の罰則も設ける。
(E)宣伝広告実施団体(政党・企業)の討論・ワイドショー・報道番組等へのスポンサード禁止。
(F)意見表明CMも投票日二週間前から放送禁止とする。インターネットのポータルサイトなどでも同様とする。
(G)いちばん高額であり、視聴者、民放各社にさまざまな影響を及ぼすテレビCMを全面禁止とする。

 私は何よりも(G)を是非実現してほしいと考える。細かいルールを作って細かいチェックをするくらいなら、いっそ欧州の主要国並に全面禁止にするのが最も明快だろう。この規制が行なわれるだけでもかなり落ち着いた公明正大な議論の土俵ができあがるのではないかと思う。

 本間はかつて『原発プロパガンダ』で日本のマスメディアと国民がいかに原子力ムラの広報宣伝戦略にしてやられたかを描きだした。フクシマでの事故によって皮肉にもようやく私たちはその悪夢のようなプロパガンダを冷静に相対化する契機を得た。憲法改正のような重要な問題で再び「『カネの力』による報道の制圧」を受けるような事態を迎えるのは愚の骨頂というべきだろう。

 なお本書の内容は、ジャーナリストの今井一が主宰し、著者のほか田島泰彦、井上達夫、堀茂樹、南部義典、宮本正樹、三宅雪子らで構成する「国民投票のルール改善を考え求める会」よる検討を経て得られた知見をもとにしている。
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by syunpo | 2017-09-23 20:10 | メディア論 | Trackback | Comments(0)
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