リスク・決定・責任の一致を〜『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼』

●松尾匡著『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼 巨人たちは経済政策の混迷を解く鍵をすでに知っていた』/PHP研究所/2014年11月発行

b0072887_1918277.jpg 昔の自民党のように公共事業で経済を活性化させようというケインズ的な政策はすっかり不人気になってしまった。といって、かつての革新自治体が行なった福祉重視の財政もバラマキの言葉とともに支持されなくなった。
 そこで登場した新自由主義路線も、格差を拡大させ、地方を荒廃させただけの大失敗。英国のブレア政権に象徴される「第三の道」も新自由主義に少し修正を加えたようなもので、人々を幸福な生活へと導いたとはいいがたい。

 そうして世界的に台頭してきたのが極右勢力である。日本も例外ではない。しかし自国中心主義的な経済路線に明るい未来が待っているはずもない。

 では、どうすべきか。本書ではケインズ型政策や新自由主義的路線が行き詰ったあとのとるべき改革を「転換X」として具体的な政策を提示する。キーワードは「リスク・決定・責任の一致」。そして「予想は大事」。
 興味深いのは、本書の文脈では一般的に斥けられるはずのジョン・メイナード・ケインズやフリードリッヒ・ハイエクの経済理論からヒントを見出している点である。

 前半、ソ連型社会主義の失敗について考察するくだりでは、ハンガリーの経済学者コルナイ・ヤーノシュを参照する。通常、競争のないシステムでは皆が怠けてしまうことが社会を停滞させてしまうと考えがちだが、それは事実ではない。コルナイ=松尾はシステム破綻の原因を別のところに見出す。

 ソ連経済は慢性的なモノ不足に悩まされた。企業が機械や工場に設備投資して生産規模を拡大していくことに歯止めがかからなかった。ノルマを達成しなければならないという圧力が働いていたからである。裏返せば、消費財生産の割合を膨らませることができない構造になっていた。

 ソ連型システムの崩壊の大きな原因は「リスクと決定と責任」が重なっていなかったということに尽きる。国有企業経営者は、企業長単独責任制のもとで、資材購入や労働雇用の決定権を持っていた。だが、決定の結果起こることについては責任をとる必要がなかった。資材のためこみにも設備投資にも歯止めがかからないのは当然である。

 リスクのあることは、すべてそのリスクにかかわる情報を持つ現場の民間人に決定をまかせ、その責任は自分で引き受けさせる。公共機関は、リスクのあることには手を出さず、民間人の不確実性を減らして、民間人の予想の確定を促す役割に徹する。この両極分担がハイエクの提唱した図式だと言えるのだが、ソ連型システムは明らかにそれに反していた。

 ソ連の破綻を教訓にして、西側諸国では資本主義をさらに押し進めた新自由主義的な路線を強化することになった。ハイエクは自由主義経済思想の巨匠で、その後の政策はハイエクに基づいているように一般には理解されてきた。しかし彼によるソ連批判が最もよくあてはまる失敗をしたのが皮肉にも新自由主義的政策であったことを松尾は指摘する。

 ハイエクは「競争が有効に働くためには、よく考え抜かれた法的枠組みと政府の介入が必要だ」と考えた。「リスク・決定・責任の一致」が必要だと訴えたのである。また国家がさだめるルールは恣意的なものではなく、計画に及ぼす国家の影響が予測できなくてはならない。

 ところが新自由主義的な社会ではそれらが必ずしも一致していない。すべて民間事業者の競争にゆだねることが社会をうまく回すことになる、と短絡されてしまったのである。

 新自由主義の大御所ミルトン・フリードマンも同様に、人々の予想が経済の動きに影響することを指摘した。政府は民間の人々の予想を不確実にすることに手を出してはならない。人々の予想を確実ならしめるのがその役割でなければならない。それは「不況になっても景気対策も何もせずにほったらかしておくべきだ」という主張ではないのだ。

 以上のような基本認識から松尾は具体的にはインフレ目標政策やベーシックインカムを「転換X」に適した政策として提唱する。

 ベーシックインカムは、景気対策について、そのときそのときの政府の判断に頼る度合いを少しでも減らす方向にある点で、「転換X」の課題にのっとっている、と松尾は指摘する。
 またインフレ目標政策は、デフレ不況の均衡を脱し、好況の均衡を実現するために必要な「人々の予想を確定する政策」として適している、という。

 松尾の構想は、繰り返せば「リスク・決定・責任の一致」を説き、人々の予想を確定することを重視するものである。すなわち本書にいう「転換X」とは、胸三寸の「裁量的政府」から、人々の予想を確定させる「基準政府」への転換を意味する。であるから〈大きな政府/小さな政府〉のように財政規模で二分するような発想とはまったく無関係である。
 また経済学にいう「効率性」とは「少なくとも誰も犠牲にすることなく、誰か一人でも厚生を改善できる余地があるならばそれを実現すべきだ」という意味である、というフレーズが印象に残った。
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by syunpo | 2017-10-11 19:28 | 経済 | Trackback | Comments(0)
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