●平岡正明著『昭和ジャズ喫茶伝説』/平凡社/2005年10月発行
平岡正明の名はあちこちで見聞していたが、私は恥ずかしながら本書で初めて著者と「対面」することとなった。 ここに描かれた六〇〜七〇年代の東京を、私は知らない。中上健次や浅井慎平のエッセイやらラジオでのトークやらで間接的に知るのみである。それにしても、本書におけるディティールの描写が凄いので、見も知らぬ情景のはずなのに、それを目の当たりするようなトリップ感覚を味わいながら、一気に読み終えたのだった。 著者は、クリフォード・ブラウンのラッパを絶賛し、コルトレーンの新譜を聴いた感動を昨日のことのように書きしるす。新宿二幸裏「DIG」を語り、銀座「オレオ」で聴いたジャッキー・マクリーンを述懐する。 平岡の文体には、独特のキレとリズム感がある。イマジネーションの赴くがままに、時にクナッパブッシュのウインナ・ワルツに触れ、吉本隆明の思想を喋る。石ノ森章太郎の漫画を想起し、映画「座頭市」のワンシーンが脳裏に浮かび上がる……そう、それら、すべてがJAZZなのだ。 通い慣れたジャズ喫茶のオーディオシステムの描写が、やけに細かい。 アンプは、英国製リークのポイント1ステレオ、ピックアップアームは、国産リオンの質量分離型TA3に、グレースF5Dという針をつけて、野放図に鳴る「汀」の音を、俺は好きだった。(p82) ジャズ喫茶で過ごした時代の、みずからが参画した政治闘争の挿話に、おもわず熱がこもる。 ジャズは、他人と聴くものではない。 一人で聴き、自分を聴くものだが、闘争の昂揚に比例して耳が鋭くなる。(p76) だが、それらにもまして、この本を書いた平岡正明の思いは、次のフレーズに凝縮されている。 ジャズは、生演奏がいちばんだというのはまちがいないが、生演奏はときどき、演奏するやつが邪魔だ。 部屋で聴くと、自分が邪魔だ。 ジャズは、ジャズ喫茶で聴くものだ。(p21) これで、決まりだ。
by syunpo
| 2006-05-05 14:49
| 音楽
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Comments(6)
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tsukinoha at 2006-05-10 19:58
特に21頁の・・・説得力のある言葉ですね。
頷いてしまいました。 そして猛烈にジャズ喫茶に行きたくなりました。
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syunpo at 2006-05-10 21:08
tsukinohaさま、
こういうちょっとキザなフレーズは、なみの書き手ではピタッと決まりませんね。私も、こういうカッコいいことを言ってみたい。 私は、実はあまりジャズ喫茶には行ったことなくて、本書に出てくる店で行ったことのある店は、四谷の「いーぐる」だけでした。
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silence119 at 2006-05-17 09:42
興味深い本ですね。この著者は確かかなり以前に「山口百恵は菩薩である」を書かれたのでは?勘違いならゴメンなさい。ジャズ喫茶、行ってみたくなりました。
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syunpo at 2006-05-17 10:53
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fujitakyoto at 2006-05-20 10:24
学生時代、京都は荒神口のChamp Clairによく行ったものです。赤レンガの暗い店が懐かしい。今は花屋の空き地に。そうか、p21か。確かにそうだ。
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syunpo at 2006-05-20 12:40
fujitakyotoさま、コメントありがとうございます。
京都は昔からフォークやジャズなど音楽の盛んな街で、泉州人の私には、ちょっとした憧憬に近い印象があります。 花屋の空き地、とは残念ですね。
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