スペインの輝き!〜プラド美術館展カタログ

●『プラド美術館展カタログ』/読売新聞東京本社/2006年発行

b0072887_19394422.jpg プラド美術館展は東京展を終え、会場を大阪市立美術館に移して大阪展が現在開催中である。
 国立プラド美術館は、かつて栄華を誇ったスペインの輝きを象徴するように、主に一六〜一七世紀ヨーロッパの絵画史を彩った巨匠たちの傑作を数多く収蔵していることで知られる。
 本展は、七千点(!)を超えるコレクションの中から八一点の作品を展観するものである。カタログは、展示作品の解説に加え、フアン・J・ルナの「プラド美術館とそのコレクションの歴史と発展」、大高保二郎の「ローマのベラスケス(1630年)、古典古代と風景への感興」、木下亮の「スペイン・ブルボン家の宮廷美術の展開とゴヤ」という三篇のエッセイが収録されている。さらに巻末には「プラド美術館創設前史」「プラド美術館の歴史」なども併録されていて、かなりの大冊である。

 展示内容は、五つのブロックに分かれている。
 「第一章 スペイン絵画の黄金時代ー宮廷と教会、静物」
 「第二章 16、17世紀のイタリア絵画ー肖像、神話から宗教へ」
 「第三章 フランドル・フランス・オランダ絵画ーバロックの躍動と豊饒」
 「第四章 18世紀の宮廷絵画ー雅なるロココ」
 「第五章 ゴヤー近代絵画への序章」

 展覧会はまさに豪華絢爛、見ごたえのある内容だった。
 ティツィアーノからゴヤまで、これまで絵画集やネット上の写真でしかお目にかかったことのない名画が、次から次へと私の眼前に現れる。この悦楽をいかに表現すべきか。私はおのが語彙の貧困を実感せずにはおれない。

 哀しいまでに透明なエル・グレコを観た。
 たとえば「十字架を抱くキリスト」。十字架を担がされて肉体的苦痛を感じているはずのキリストが輝く瞳で遠方をみつめていて、あらゆる邪念から解放され「透明な存在」であるかのように表現されている。あるいは「寓話」。細い蝋燭に火をつけようとする少年の両側に猿と髭を生やした男がはさむように描かれている。ここからいかなる「寓意」を読み取るべきなのか私には分からないのだが、この絵に漲る不思議な清澄感を私は受け止めたのだった。

 圧倒的な肉体の存在感を示すジュゼッペ・デ・リベーラを観た。
 「聖アンデレ」や「盲目の彫刻家」における使徒や彫刻家の肉体の生々しい力感。とりわけ盲目の彫刻家の皺だらけの手だけを見ても、息を呑むリアルさだ。あるいは「アッシジの聖フランチェスコの幻視」の厳粛なる緊張感はどうだろう。

 ベラスケスの肖像画を観た。
 自画像との説もある「男の肖像」や「道化ディエゴ・デ・アセド、“エル・プリモ”」など、地位がそれほど高くない人物をモデルにした肖像画に惹かれた。それらの作品では、飾り気を排した人間臭さが醸し出されていて興味深い。

 静物画(ボデゴン)の美しさをサンチェス・コタンやスルバランに観た。
 サンチェス・コタンの「狩猟の獲物、野菜、果物のあるボデゴン」には、チョウセンアザミ、ニンジン、リンゴ、葉付きのレモン、串刺しにされたスズメ、ウズラなどが建築枠の中に詳細に描かれている。光と陰のコントラストが絶妙で、どれほど見つめていても飽きることはない。
 スルバランの「ボデゴン」は、四つの食器が並べられているだけだが、妖しいほどに美しい。

 エレガントなムリーリョを観た。
 スペイン絵画の主要な主題の一つであった「無原罪の御宿り」。「エル・エスコリアルの無原罪の御宿り」における聖母マリアの表情は、あまりに可憐だ。やや上目使いで手を合わせるマリアが羽織っているマントの青色が、優雅に映える。

 ティツィアーノの有名な「アモールと音楽にくつろぐヴィーナス」を観た。
 ベッドに横たわる裸体のヴィーナスとオルガン弾きの男。窓の外にはカップルや鹿などが描かれている。オルガン弾きは振り返ってヴィーナスを見つめている。どこを見ているのか?

 楽しさに満ちたヤン・ブリューゲル一世とダーフィットを観た。
 ヤン・ブリューゲルの「大公夫妻の主催する結婚披露宴」は、ネーデルランドの賑やかな結婚披露宴を主題とするもの。大勢の人々や木々の葉っぱが丹念に描かれていて、風俗画の面白さを充分に堪能できる。
 ダーフィットの「村の祭り」も同様の喧騒を描いたものだが、人々の顔、壺やテーブルの一つひとつがこれまた精巧にスケッチされ、私の眼はしばらく画面に釘付けになった。

 メレンデスのスイカに、カブトムシの幻覚を観た。
 「ボデゴン:風景のなかの西瓜と林檎」は雑誌など印刷物でよくみかける絵画だが、実物をみると西瓜の存在感が格別で、何やらカブトムシがモゾモゾと這っているような気がしてくるのだった。

 絵画と視線について考えさせるゴヤを観た。
 「ビリャフランカ侯爵夫人マリア・トマサ・デ・パラフォクス」は面白い絵だ。画家としての伯爵夫人が、キャンバスに向かって夫とおぼしきモデルを描いている。伯爵夫人の視線は、画面には出てこないモデルに向けられている。キャンバスに描かれた夫の視線は何やら夫人に向けられているようである。その絵を私たち鑑賞者が観ている。画面の内と外で様々な視線が行き交っている……。

 「プラド美術館展ースペインの誇り 巨匠たちの殿堂ー」大阪展は、大阪市立美術館開館七〇周年記念として、一〇月一五日まで開催されている。
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by syunpo | 2006-07-20 19:43 | 展覧会図録 | Trackback | Comments(0)
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