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コラムニスト・吉本俊二の書評ブログです。
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倫理を真理とするために〜『資本主義から市民主義へ』

●岩井克人、三浦雅士著『資本主義から市民主義へ』/新書館/2006年8月発行

b0072887_2175632.jpg これは、面白い本だ。経済学者として『貨幣論』『会社はこれからどうなるのか』『会社はだれのものか』などの著作を世に問い、今や経済学界を超えて広く影響力を与えている岩井克人の思索の成果が、三浦雅士の精緻なインタビューによってわかりやすく展開される。
 「貨幣論」に始まって「資本主義論」「法人論」「信任論」「市民社会論」「人間論」と続く対話は、知的スリルに満ちて含蓄に富む。

 ここで主に考察の対象となっているものは、「言語・法・貨幣」である。これらは、いずれもその存在理由に実体的な根拠はなく、自己循環論法によってのみ根拠づけられるものである。
 たとえば、貨幣は何故、貨幣として通用するのか?
 それは、それ自体価値のある金銀でできているからでもなければ、法律で決められているからでもない。単に貨幣は貨幣だから貨幣なのだ、と岩井は断じる。法や言語もまた、同様の自己循環論法によって支えられる。
 そして、興味深いことに、この三者こそが人間を人間たらしめているものなのだ。

 人間とは何かと問われたら、ぼくは、言語を語り、法にしたがい、貨幣を使う動物だと答えます。言語、法、貨幣といった社会的媒介について思考することは、そのまま人間について思考することだと思っているのです。(p104)

 また、「法人論」では、ヒトとモノとの二つの相貌をもつ法人の成り立ちが、述べられる。モノとしての法人が強調されると法人名目説となり、ヒトとしての側面が強調されると法人実在説となる。株主主権論を支えるのは、いうまでもなく前者の考え方である。

 岩井の考えに立てば、会社とは株主のものでもなければ、経営者や従業員のものでもない。「社会」のものである。その認識は、信任論においてより精彩を放つ。
 患者を前にした医師も、会社の経営を託された経営者も、単なる利益追求とは別の価値観を求められる。そこでは「信任」という概念がより重要になってくるのだ。すなわち「自己利益追求だけで成立しているはずのシステムが、内部で必然的に倫理性を必要とする」社会こそが、資本主義社会なのである。

 言語・法・貨幣に対応する市民社会・国家・資本主義という三角形モデルのなかで、国家と資本主義は安定しているように見えるけれども、じつはそれらの基盤をなしている法と貨幣は、ともに自己循環論法によって成立しているわけだから、実体的な根拠を欠いており、つねに自己崩壊している可能性をもっている。言いかえれば、本来的な不安定性をかかえているということをおさえておかなければならない。不安定だからこそ、国家にも資本主義にも完全には還元されない第三の人間活動の領域としての市民社会を必要としている。(p267)

 市民社会とは、国家にも資本主義にも還元できない部分を担う。そのような市民社会とは、いかなるものであろうか。
 それは前述の信任論とも関連させながら、岩井は、カントの定言命題(同時にすべての人間にとっての行動規範になることをあなたが望む行動規範にもとづいて行動せよ)にそのヒントを見いだしている。

 カントの定言命題は……(中略)……いまはまだ思想なんですが、いつかは真理となる思想である。そして、カントの倫理がたんなる思想ではなく、真理となった社会ーーこれが、市民社会であるということです。(p204)

 しいて本書の問題点を指摘すれば、後半部分だ。繰り返しや重複が目立つうえに、結論部に相当する「市民社会論」「人間論」での岩井の語りは、やや生煮えの印象を拭えない。
 言語・法・貨幣の無根拠性を徹底的に理論づけた思索家の描く「市民社会」の具体的な展望を今少し明確な形で聞きたかった気もするが、それは現時点においては、ないものねだりというべきなのだろう。
 だからこそ、岩井克人の今後の仕事にはますます目を離せなくなった。
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by syunpo | 2006-10-19 21:13 | 思想・哲学 | Trackback | Comments(0)
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