●姜尚中著『愛国の作法』/朝日新聞社/2006年10月発行
とうとう朝日新聞社までが戦列に加わった新書市場、その第一弾として刊行されたなかの一冊である。戦う政治家・安倍晋三が政権トップに座る御時世の「愛国」のあり方に危惧の念を抱く政治学者があらためて「愛国の作法」を説く。 愛するということは、生きることが技術であるのと同じように、ひとつの技術なのです。愛することが技術である以上、技術は習得されなければなりません。(p38) ……これが本書を貫く基本的な考え方である。ただし「技術」という語句は、誤解を招きやすいかもしれない。著者もすぐ後段で、フロムを参照しつつ「理性」と言い換えている。その「理性」のあるべき姿を懇々と述べていく。 姜は、国民を「エトノス(民族=感性的存在)」と「デーモス(作為=意志的存在)」とに二分するダントレーヴ流の考え方を引きながら、エトノス優位の国家理解に疑問符をつけ、デーモスとしての理性を磨くことを力説する。 それは、「パトス(感情)」=「審美」の世界に溺れることなく、「ロゴス(論理)」=「政治」の意志の世界に身を投じよ、というメッセージでもある。したがって、国家が過つときには「反逆」も必要になる。「愛国」には絶えざる努力が必要であり、その努力は、時には生身を引き裂くような激しい相克と葛藤を自我の内面の中に抱え込んでしまうこともあるはずだ、という。在日コリアンとして辛酸をなめてきた著者ならではの主張だろう。 それでは今日、「愛国」とはどんなスタンスを意味しているのでしょうか。やや図式的に言えば、地域=郷土(パトリア)の再生とアジアとの結びつきこそ、「愛国」の目指すべき理想なのではないでしょうか。「愛国」が本来、「パトリア(郷土)」への愛に他ならないとすれば、凄まじい勢いで荒廃の一途を辿りつつある地域の再生こそ、まず「愛国」が取り組むべき課題に違いありません。(p203) 通読しての印象は、著者は良くも悪くも生真面目な学者なんだなぁということだ。たとえば誰が書いたやも知れぬ駄本『美しい国へ』の国家観を批判する、その姿勢。わざわざカントロヴィッチをもってくる。丸山眞男や矢内原忠雄、石橋湛山らを動員する。 特に目を開かされる刺激的な論理の展開がみられるわけではないが、あくまでクールに愛国の作法を説く姜尚中の語りには、真摯に耳を傾けるべきだろう。 いささか物足りなさを感じたのは、第二章の〈国家とは何か〉と題された国家論だ。萱野稔人の労作『国家とはなにか』を知る読者からすれば、「暴力」の視点が何とも中途半端に導入されているために、やや消化不良の感を否めなかった。
by syunpo
| 2006-10-29 14:54
| 政治
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Comments(4)
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yumemi-m at 2006-10-29 18:38
syunpoさん、はじめまして。ブログへのTBとコメント、ありがとうございました。より深みのある書評を拝見できて、参考になります。また今後も拝見したいと思いますので、よろしくお願いします。
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syunpo at 2006-10-29 20:07
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yumemi-m at 2006-11-05 21:23
syunpoさん、こんにちは。昨日(11/4)の件ではお手数をお掛けし申し訳ありませんでした。多少書評家の方への批判めいた内容になったかと思い、あのような形にしたのですが、かえってお手を煩わせる結果となり恐縮しております。改めて、お詫びいたします。
これからは通常通りに対応したいと思いますので、今後もどうかよろしくお願いいたします。取り急ぎ、お詫びまで。
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syunpo at 2006-11-05 23:31
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