●長谷部恭男、杉田敦著『これが憲法だ!』/朝日新聞社/2006年11月発行
前回エントリーした『憲法とは何か』は、巷では好評ながら私には今一つ納得がいかなかったところへ、朝日新書から同じ著者と政治学者の杉田敦による対談集が刊行された。書店でパラパラめくってみると、長谷部の憲法観を杉田が問い尋ねるという形で対話は進められていて、私の合点がいかなかった論点に関しても随所でツッコミが入っている。…… 大いに期待して読んだのだが、結局、『憲法とは何か』で感じた疑問点はほとんど解消されることなく、むしろこの憲法学者への不信感が決定的になった。 長谷部の憲法学者としてのスタンスは、次の発言に要約されよう。 法律の条文をただただ日本語として素直に読んで、そのとおりに理解して話が済むのであれば、法律の専門家はいりません。条文通りに理解すると困った問題が起きそうだとか、直面する問題に適切な答えを得られないといったときに、はじめて必要になるのが解釈であって、解釈というのは「芸」ですから、これはうまいとか下手とかはあると思いますが、「普通の日本語として理解したらこうだ」では、芸も何もない。(p73〜74) たしかに、裁判官や弁護士など法の実務家であれば、そのような「芸」が求められるであろう。しかし、学者までがそのような「芸」を求められているかどうかは検討の余地がある。 彼の議論を裏返せば、「条文通りに理解すると困った問題が起きそうだとか、直面する問題に適切な答えを得られないといった」事態を解消すれば、少なくとも法律学者は必要でなくなるわけだ。学者に象牙の塔の中で「解釈の芸」を競われるよりは、素人にもわかりやすい法体系を整備してもらった方が、国民にとっては健全なはずである。法律とは、専門家を養うために存在するのではなく、国民が暮らしやすい社会をつくるための「調整文書」にすぎないのだから。 彼の憲法理論は、すべて「解釈」の技術であるから、当然、憲法改正というオプションは出てこない。統治機構についても実定制度が前提されているので、ダイナミックな変革のための議論も乏しい。 肝心の「九条解釈」についても、とてもじゃないが「名人芸」とは言いかねる。 私の理解では、異なる考え方の人びとがいかに公平に共存できるか、それが立憲主義だという考え方です。自衛のための実力保持を認めないのは、「非武装絶対平和主義」という、ある特定の考え方を他の人に押しつけることになり、立憲主義に反します。(p211) 立憲主義に反する文言ならば、九条は、日本国憲法にはふさわしくない、という結論になるはずである。ところが、長谷部の主張は、立憲主義に反する文章であるから、これは文言通りに守るべき「準則」ではなく「原理」として解釈すべきだ、という結論になってしまうのだ。支離滅裂とは、このことだろう。 国家論もしかり、である。国家は地球上のあらゆる国民の権利を保障していくための最も都合のよい枠組みとして、事後的に功利主義的に説明される。そこでは、マックス・ウェーバーや萱野稔人らの暴力装置としての厳しい国家観は斥けられて、人々が共存していくための現実的なツールとして描かれる。 逆にいえば、今日、個々の国家がカバーできない切実な政治課題、在留外国人の権利保障や難民のケアなどのアクチュアルな問題に関しては、長谷部の国家論ではまったく展望が開けないことになる。 杉田は、完全に質問役に徹していて、長谷部の学者像を浮かび上がらせることに功はあったと思うものの、彼自身の具体的な政治学的ビジョンは、今一つ明確に伝わってこなかった。 こういう一方的な対話は、受けて立つ側がよほどのタマでないと面白くならない。結論として、本書はあまり人に薦めたくなる本ではない。
by syunpo
| 2006-11-20 12:48
| 憲法・司法
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