●佐和隆光著『この国の未来へーー持続可能で「豊か」な社会』/筑摩書房/2007年2月発行
佐和隆光は、このところ地球環境問題に強い関心を示している経済学者である。本書は、著者自身の言葉を借りれば、地球環境問題をめぐる一般読者向け著作の二冊目にあたるものだ。 ただし、全編これ環境問題を論じているわけでもなく、前半は、教育や社会福祉の問題に紙幅が割かれている。すなわち本書を通底する問題意識は、副題にもあるように、いかに持続可能な「豊か」な社会を構築していくかというものであり、その各論として、地球環境問題、教育、社会福祉政策などが論じられる、という寸法である。 主張は、おしなべて「正論」というべきもので、とりたてて反論したくなるようなものもない代わりに、こちらの脳天を突き刺してくるような大胆な知見に出会うこともなかった。 現政権下での構造改革に関する提言として、「市場主義改革の『痛み』を緩和するための、私の書く処方箋は、市場主義改革と『第三の道』改革を同時並行的に推し進めることである」(p103)とありきたりな主張に終始しているし、「ネガティブな福祉からポジティブな福祉へ」という認識のもとに、「生活費の直接給付ではなく、人的資本への投資のための資金給付を主眼」とせよという福祉政策論も、すでにあちこちから提出されているものだ。 「失われた十年」といわれる九〇年代の最大の遺失物は「人的資本の劣化」という佐和は、今、優先するべき政策課題として「教育」問題を掲げる。環境問題と並んで、本書の核を成している論題だ。 義務教育課程の地域間格差を生じさせないようするために財政的措置を講じること、学力偏重を改め、論理的思考力、読解力、言語表現能力など「ポスト工業化社会」を睨んだ能力を育むことーーなどを提唱している。 地球温暖化防止に関しては「予防原則」の重要性を力説し、京都議定書の目標数値達成のための技術的な提言などを行なっている。 環境問題に対する著者の基本的な認識は、「二十一世紀に課せられる環境制約は、経済成長を鈍化させるどころか、経済成長の原動力として働くのである」(p174)というフレーズに集約されよう。 それにしても、読後感がいかにも茫漠としている。今一つパンチ力を欠いた内容だ。以前に読んだ『文化としての技術』『漂流する資本主義』『日本の難問』なども、今ではほとんど内容を覚えていないが、それらと共通する物足りなさを感じた。
by syunpo
| 2007-03-17 10:45
| 政治
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