新たな企業像を求めて〜『株式会社に社会的責任はあるか』

●奥村宏著『株式会社に社会的責任はあるか』/岩波書店/2006年6月発行

b0072887_21125267.jpg これは、なかなか面白い株式会社論である。
 アスベストによる健康被害を出したクボタは、アスベストと中皮腫の因果関係は認められないので企業としての責任はないと主張し「賠償金」の支払いは拒んだが、「企業の社会的責任」から「救済金」を支払った。
 ……企業として、過失責任はないが、「社会的責任」はある。その限りにおいて責めを負う。それで一件落着にしよう。この奇妙な論理を許してしまう「株式会社の社会的責任」とは、一体何なのか?

 そもそも日本で、企業の社会的責任が論じられるようになったのは、七〇年代、公害反対運動や消費者運動が盛んになって、企業批判が激しくなったことを背景に顕著になった現象である。その後、二度のオイルショックで不況に陥ったのを機に「企業がつぶれてしまっては元も子もない」という空気が支配的になって企業批判は沈静化し、同時に「企業の社会的責任」を論じる声も弱まった。
 その後、九〇年代に入ってバブル経済が破裂し、企業の不祥事が相次ぐと再び企業批判が活発化した。すると、それを受けるように「企業の社会的責任」がまたぞろ議論されるようになった、という具合である。
 つまり、「企業の社会的責任」を企業自身が口にするのは、企業批判から企業を守るためであり、さらには企業の宣伝広報活動の一環として行なわれるにすぎない。奥村は、そう喝破する。

 ……日本の株式会社の多くは近代株式会社制度が前提にしている、(一)資本充実、(二)ディスクロージャーの原則からはずれており、それは株式会社とはいえない存在になっている。
 さらに近代株式会社制度では株主総会が最高機関になっており、株主主権の原則に立っているとされているが、日本の会社の株主総会は……(中略)……全く形骸化しており、株主総会の名に値しないものになっている。
 このような日本の株式会社の現実から、われわれは果してそれが株式会社といえるのか、そしてそれが社会的責任の主体になりうるのか、ということを考えていく必要がある。日本の株式会社の実態をふまえないまま、抽象的、一般的に「企業の社会的責任」を論じるのは空疎な議論であるばかりでなく、現実の矛盾を隠蔽し、問題をはぐらかすものだといわねばならない。(p60)


 そもそも株式会社の基礎を成す「法人」という考え方は、法律的な概念であり、便宜上、設定されたものである。
 本来、法人としての会社は、ヒトでもなければモノでもない。つまり「実体」として存在するわけではなく「機能」としてある。したがって会社は、責任の主体にはなりえない。それ故に日本の刑法下では、法人に刑事責任を問うことはできない。ならば、会社の社会的責任という考え方も奇妙なものといわざるえをえない。

 そこで奥村は、次のように提起する。

 現在の株式会社制度を前提にして改革すると、会社が犯した犯罪や悪事の責任は法人としての会社を代表している経営者が負うようにすべきである。そして「企業の社会的責任」は「経営者の社会的責任」としなければならない。(p145)

 これからの企業改革は、現在の企業の危機に立脚する必要がある。その方向性の一つとして奥村が提起するのは、大企業の解体である。「経営者の責任」という考え方を浸透させるためには、経営トップの目が行き届くだけの規模にまで会社をスケールダウンしなければならない。
 また、株式会社以外の企業として、たとえば協同組合やNPOのような企業体を育成して、機能別に多様な企業を併存させていくことを提唱する。

 昨今、アカデミズムの場で熱い注目を集めた岩井克人の『会社はだれのものか』は、思想史的な思索のうえに到達した理念モデルとしての「会社論」だとすれば、本書は、今現在の株式会社の危機的状況から出発した世直し論としての「会社論」として読むことができる。
 その意味では、岩井の会社論がいささか楽天性を帯びた希望的な結論をもたらしたのに対して、奥村の主張はあくまで株式会社改革を力説する警鐘的な色合いを強く滲ませている。

 もっとも、奥村の主張する大企業解体論などは、現実の世界情勢をみれば極めて実現性の低い提案といわざるをえない。労働組合の社会的責任論も論旨には賛同できるものの、やや具体性を欠いている。
 しかしながら、日本の株式会社制度を見直すという意味では、本書の主張には学ぶべき点が多々あることも否定できないのではないか。それは、私たちの社会のあり方への再考を促す深い問題提起をも含んでいるように思われる。
[PR]
by syunpo | 2007-03-26 21:26 | 経済 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://syunpo.exblog.jp/tb/6653520
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 安心して悩める社会に〜『「悩み... 人気記者の政局ルポ〜『安倍政権... >>