安心して悩める社会に〜『「悩み」の正体』

●香山リカ著『「悩み」の正体』/岩波書店/2007年3月発行

b0072887_18565118.jpg マスメディアで重宝されている人気の精神科医によるエッセイの集成ともいうべき新書である。
 ここには、社会のあり方について、人の生き方について、再考するキッカケとなりうる興味深い逸話がいくつか紹介されている。著者自身は、当然ながら個々の問題の背景に奥深く立ち入ることなく示唆的な記述にとどめている風だが、その素材のいくつかは社会学的、政治学的、哲学的な考察の対象になるような意味深長さを備えているように思えた。
 本書における香山の問題意識は、あとがきにおける次の文章に要約される。

 以前なら悩まなくてもよかったようなことまでが、今では多くの人にとっての大きな「悩み」となっているのは、それはその悩める本人の責任ではなく、むしろ社会や世間の問題なのではないか、ということだ。(p188)

 たとえば、「ハッピー子育て」や「スピリチュアル子育て」のガイドブックの隆盛。
 従来は子どもをもって親になることで、自分の人生の意味を確認し、自己肯定感を高めることができたのに、今では子どもをもってなお「本当にこれで良かったの」と出産以前に遡って迷いなおす人が増えた。そういう母親たちが「スピリチュアル子育て」のガイドブックを手にして「あなたは充分頑張っていますよ」というメッセージに出会って救われる。
 そこで、香山は問いかけるのである。それほど自分の人生にこだわる人たちなのに、自分の周囲の家族からの評価を感じることができずに、カリスマカウンセラーの言葉の方が信用できるとしたら、問題はむしろそのことのほうにあるのではないか、と。

 あるいは、夫の家庭内暴力に苦しめられている女性が「悪いのは私なんです」と、答えを自分の中に見つけてしまうケース。周囲の状況を調整したり環境の問題点を改善すれば解決に向かうようなことでも、自分の内面を見つめすぎるために精神的な病いをより深刻化させてしまう。「自信がない私が悪いのではなく、この私に自信がないと思わせる社会が悪い」、それくらいに思ってもよいのではないか、と香山はいう。

 もっとも、香山自身は、日々、診察室で精神的な悩みを抱えた患者と対面する立場にある。本来なら「悩み」になる必要のない「悩み」であったとしても、目の前にいる患者に対しては、具体的な処方が必要だ。そのジレンマが本書の低層に滞留し、時に著者自身の「悩み」として行間から滲み出てくるような印象をもった。
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by syunpo | 2007-03-29 19:09 | 精神医学 | Trackback | Comments(0)
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