●立花隆著『滅びゆく国家 日本はどこへ向かうのか』/日経BP社/2006年6月発行
本書は立花隆がウェブサイトで自由に記してきたものをまとめたもので、内容的には「時々のメディア報道をベースに書かれた日本社会論、日本政治論」といえる。ただ全体の印象としては、さっと書き流した文章という感じは拭えず、個々のテーマについて深い洞察や分析が行なわれているとはあまり感じられなかった。 少し気になったのは、相反する認識が頻出することだ。 たとえば、ライブドアの野口英昭副社長の「怪死」事件に関する記述などは完全に破綻している。当初、野口氏の死について「警察のとなえる自殺説など全く成り立たない話だということがすぐにわかった」(p30)と断じておきながら、後段では、野口氏自殺を前提に「なぜ自殺したのかまだわからない。しかし、一般論として考えられる理由は二つある」(p106)として、以下、大まじめに推察を加えているのである。 あるいは、小泉純一郎に関する評価も奇妙な具合になっている。「極端に自分の前言にこだわる政治家である。一度ある事を決めると、あるいはある事に関して強い発言をしてしまうと、あくまでその決定、あるいはその発言を固守しようとする」(p243)との見立てを示して、「豹変」することの必要性を主張しておきながら、別の文章では「実は過去をさかのぼって小泉発言を検討してみると、小泉首相は何度も前言を翻している」(p332)と述べているのだ。 このような不整合な情報発信をみずからのウェブサイトで行なっていたこともいい加減なら、それを放置したまま一冊の本に収めてしまう神経もかなり杜撰というべきである。 また、二〇〇五年の「郵政解散選挙」前後の文章については、政局予測がかなりハズれているのだが、「そのような誤り自体、歴史の資料として残されるべきだ」(p278)として、やはりそのまま収録されている。 この点については、アマゾンのレビュー欄には評価する声が寄せられているけれど、私にいわせれば「政局予測」などにウツツを抜かすことじたいが、現代日本の言論界の水準の低さを表わしている。競馬の予想屋じゃあるまいに、皮相的な事象をいちいち取り上げて、それを肴に大仰でくだらない予測を行なう前に、冷静に現実の政治状況を見据え批評することの方がはるかに重要ではないだろうか。 ついでに申せば、この人の政局観は、自身が長らく付き合った田中闇将軍の時代にかなり引きずられているように見受けられる。 立花隆は、世間に名を知らしめた田中角栄金脈追及をはじめ、脳死問題や科学技術の最先端レポートなど多くの優れた仕事を残してきているが、本書の出来映えについては、はっきり疑問符をつけておきたい。
by syunpo
| 2007-05-17 19:15
| 政治
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