●西山太吉著『沖縄密約ー「情報犯罪」と日米同盟』/岩波書店/2007年5月発行
米軍在沖縄海兵隊のグアム移転に関して、膨大な費用の半分以上を日本が負担する立法措置については、批判的な声が多い。日本政府は、何故にそこまで米軍の世界戦略の片棒を担がねばならないのか。日本政府の主体性を欠いた米国追随をどのように理解すればよいのか。 その問題を考えるうえで、本書の内容は極めて示唆に富むものだ。 時を遡ること三〇余年。 一九七二年に実現した沖縄施政権返還をめぐり、日米政府間でいくつかの密約が取り交わされた。公表された沖縄返還協定の文言とは異なり、米軍用地復元補償費四〇〇万ドルを日本が負担することなどが秘密裏に決められていたのだ。その密約の一部をスッパ抜いた毎日新聞記者(当時)の西山太吉は、直後から日本政府の強力な反撃を受け、国家公務員法違反容疑で逮捕されて法廷に立たされる。情報入手の方法などスキャンダラスな事実が意図的に流布されたこともあって、あろうことか、他のメディアや国民はもっぱら西山に対して批判的な視線を注いだのだった。その裁判で有罪が確定し、西山はその後、長い沈黙を強いられる。 しかし、二〇〇〇年以降、米国の国立公文書館保管文書の秘密指定解除措置により、密約の存在を裏付ける資料が相次いで公表されると、密約の日本側当事者だった元外務省アメリカ局長の吉野文六もまた密約のあったことを「告白」するに至った。 それでもなお、密約の存在を否定し続ける日本政府に対して、西山は謝罪と損害賠償を求めて提訴。今年三月、東京地裁は密約の有無の判断に踏み込むことなく、請求を棄却したことは記憶に新しい。 法廷闘争は今後も続くことになりそうだが、西山は、あらためて内外の資料にあたって日米交渉の全体像をここに書き記すこととなった。本書は、まさに日本外交の汚点ともいえる沖縄返還交渉の舞台裏を総括したジャーナリスト西山の集大成ともいえるものであろう。 本書によれば、沖縄の施政権返還交渉は最初から秘密交渉としてスタートしたことが明快に記されている。 「沖縄の無償返還」「格抜き本土並み」にこだわり、それを国民に公言した佐藤政権が現実の交渉の難しさに直面して、泥沼に足をとられるようにして秘密交渉に入っていく。密約に至る政治的背景の描写は、充分に説得的である。 密約によって合意された「基地施設改善費」の日本側負担は、明らかに日米地位協定の変質を意味するものであった。それほどの重要な問題が国民に明らかにされず、すべて秘密裏に行なわれたのである。そして、それがその後の日米安保の基調となってしまう。 この費用は、協定発効(一九七二年)後、五年間というものは、防衛関係予算の中にもぐって支出されたが、果たしてその五年間が終了した後、一九七八年度から頭をもたげ、公式に在日米軍駐留経費(いわゆる“思いやり”予算)として予算要求されるようになる。(p102) 沖縄返還交渉によって定着した秘密主義や日本政府の無原則な譲歩が、結果的に日米交渉の悪しき原点となり、以後の日本外交の弱体性を決定づけてしまったということが、本書をとおして浮き彫りにされるのだ。 また密約の存在が誰の目にも明らかになった現在においても、珍妙な理屈で否定発言を繰り返す外務省・政府関係者の言い分をみていると、わが社会の「民主主義」がいかに低水準のものであるか、あらためて痛感させられる。 西山の批判の矛先は、当然ながら、マスメディアや国民にも向けられる。 政府のこのような「情報犯罪」を許してしまったのは、メディアの政権監視の弱さであり、国民の外交・安全保障に対する関心の低さなのである、と。 二一世紀の日本の安全保障をいかに構想すべきか。日本外交をいかに立て直していくべきか。さらには、国民の「知る権利」の大切さを私たちは充分に認識し行使しようとしているのだろうか。そうした問題に少しでも関心のある者ならば、本書から得られることは多々あるに違いない。
by syunpo
| 2007-06-06 20:47
| 政治
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