●飯尾潤著『日本の統治構造』/中央公論新社/2007年7月発行
本書は、現在と将来の日本の政治を考えるうえで、とても有益な本である。 あるべき政策についてはとりあえず脇に置いて、望ましい政策を実現するためにはどのような政府構造を採るべきかを考える、というのが本書の趣旨である。 日本は英国にならって議院内閣制を採用しているが、それを歴史的、国際的比較の観点から分析していく手際は鮮やかで、そのうえにたって提起される統治システムの改革ビジョンも筋が通っている。 元来、議院内閣制は、権力が分立する大統領制に比べ権力核を構成しやすい制度である。飯尾の以下の文章が、この二つの制度の相違を端的にあらわしている。 先進民主政に限れば、政治体制は大統領制と議院内閣制に大きく分けられる。その際に両者を分けるもっとも重要な点は、二元代表制か一元代表制かである。つまり、民主政のもとでの大統領制は、大統領と議会とが別々に選出され、それぞれが正統性を有しているため、民意は二元的に代表される。それに対して議院内閣制は、議会のみが民主的に選出され、その議会の正統性を基盤として内閣が成立するために、民意は一元的に代表される。ここに着目すれば、議院内閣制のほうが大統領制よりも権力集中的な制度なのである。(p18) 日本がそのような議院内閣制を採用しているにもかかわらず、大統領制よりも大胆で迅速な意思決定がなされにくい、との誤解が蔓延してきたのは何故か。 筆者によれば、それはもちろん議院内閣制というシステムに起因するのものではなく、日本独自の運用の仕方に問題があったと考えられる。それが「官僚内閣制」と呼ぶべき仕組みである。そこでは、本来なら議会を背景とするはずの議院内閣制に対して、官僚からなる省庁の代理人が集まるものとして内閣が認識されるのである。内閣総理大臣も、極端な場合、内閣府(旧総理府)を代表するだけの大臣として考えられることもあった。 筆者のいう「官僚内閣制」こそが官民の責任を曖昧にし多くの弊害をもたらしたものであった。それはまた「省庁連邦国家日本」というフレーズにもあらわされる。 「官僚内閣制」のもとでの省庁が政党にかわって社会の動向を反映する仕組みを形成してきたことは事実だが、大局的見地にたった総合調整や政策の立案は困難であった。 また、政権交代が行なわれず、自民党の一党優位の体制が続いたことの問題点も同時に提示される。自民党は、長期政権のもとで党内における政策審議機関を発達させ、内閣とは別に「与党」として政策を動かしてきた。飯尾は、そのような事態を「政府・与党二元体制」と命名する。この体制により時代の変化にそれなりに対応してきたというメリットがあったものの、その一方で政策形成過程は複雑化し、権力と責任の所在が曖昧になる、という欠点もあったのである。 飯尾は、以上のような考察のうえにたって、日本独自の「官僚内閣制」を普遍的な議院内閣制に転換することの必要性を訴えるのである。 現代においては権力の分立制の貫徹は困難であると思われる。権限の委任関係が明白な議院内閣制モデルのほうが、立法府と行政府との関係をうまく処理できる点から、簡単なモデルであるということもできよう。(p155) そうした観点からすれば、内閣主導の行政体制を形成しようと企図した橋本内閣の行政改革や小泉内閣の官邸主導による政権運営をそれなりに評価するのは自然の成りゆきだろう。 また、今日「ねじれ現象」が生じ、大きな問題となっている二院制については、議院内閣制の貫徹という見地から、参議院の抑制的な役割を主張しているのは興味深い。本書は、今年七月の参議院選挙以前に執筆された書物なので、現在の「ねじれ現象」は想定されておらず、あくまで原理的な考察のもとに書かれたものだが、それ故に政局に左右されない政治学者の見解として耳を傾ける価値はあるだろう。 ただ、小泉政権下における「内閣官僚」への評価など、彼らが実質的に機能したのか、そこで具体的に何が実現されたのかという詳細な分析を欠いている点で些か形式論に傾き、やや過大評価の感なきにしもあらずだ。 今後の課題に言及する後半の概説部分も、理念が先行した原理原則論といった趣が強いのは本書の趣旨からすれば当然なのだろうが、それにしても少し物足りなさが残った。 しかしながら、日本の政治を冷静に分析し、ジャーナリズムが深い洞察もなしに垂れ流す政治上の俗説を斥けていくためにも、本書の論考が意義深いものであることは間違いない。
by syunpo
| 2007-11-18 19:41
| 政治
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