●山口二郎著『戦後政治の崩壊』/岩波書店/2004年6月発行
本書は小泉政権下での「構造改革」や「テロとの戦い」に警鐘を鳴らすべく書かれた書物である。ならば、小泉政権に終止符が打たれてすでに短くない時間を過ごした今、本書を読むことの意義は薄れたのかといえば、もちろんそんなことはない。 小泉政権は、戦後政治の枠組みを破壊した。 山口は、戦後政治を「九条=安保体制」「一党優位体制」「利益政治体制」「官僚内閣制」の四つの要素で説明する。こうした枠組みは八〇年代まで一応機能し、数多の弊害を生みだした一方で、秩序の安定や国民生活の向上などに一定の成果をもたらしたことも事実である。 そうした枠組みを社会経済的側面からみると「成功した社会民主主義」と捉えることも可能である。それは「リスクの社会化ー個人化」「普遍的政策ー裁量的政策」という二つの座標軸でマッピングした場合「リスクの社会化を裁量的政策で行なってきた」ということができる。 ここにいう「リスクの社会化ー個人化」とは、病気、失業、倒産などの不幸や災難、また子供の教育や老親の世話などの問題を、社会全体で対応するのか個人で対応するのか、という対立図式である。「普遍的政策ー裁量的政策」とは、政府の行動についてルールや基準が明確であるような政策であるか、権限や財源をもつ官僚組織の裁量によって政策の中身が大きく左右されるのか、という違いである。 九〇年代に入って世界の構図が変わり、グローバリゼーションが進むと、戦後政治の枠組みは実現が困難になる一方で効力も薄れてきた。そこで誕生した小泉政権は「リスクの個人化」を進めながら、表向きは裁量的政策の解体を目指すものだった。しかし現実には与党族議員の抵抗に遭遇し裁量的政策は大半が温存されることとなった。 そこで、山口は小泉的政治に対抗する座標軸上の立場として、戦後政治の枠組みをそのまま復活させることを企図するのではもちろんなく、「リスクの社会化」と「普遍的政策」を掲げる。 また、安全保障面でいえば「平和」という価値を引き続き政治目標とすることを重視する。憲法の九条を禁止や制約という見地のみから読むのではなく、その理念を活かして何をなすべきかを考えようという「創憲論」を著者が提唱していることはよく知られている。 戦後政治崩壊後の新たな民主政治を立ち上げる道筋としては、一部の権力層による「政策コミュニティ」の解体、一国多制度による地方自治の活性化、自己責任の前提条件としての機会の平等の実現……といったことが提起される。 山口の論述は「戦後政治の崩壊」という主題からすれば、必ずしもクリアに整理されているとは言いがたく、論点がやや拡散しているきらいがある。また後半の将来構想を論述したくだりは些かお題目的な内容にとどまっていて今一つインパクトに欠けるように思えた。 とはいえ、小泉政権が喝采をもって迎えられていた当初から批判的な姿勢を示していた著者ならではの真摯な考察に基づいた有意義な本であることは間違いない。
by syunpo
| 2008-02-27 18:01
| 政治
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