●山口二郎著『ブレア時代のイギリス』/岩波書店/2005年11月発行
本書はトニー・ブレア労働党政権が行なった二期八年間の政治を総括したものである。自民党長期政権に対抗するための座標軸を失ってしまった日本にとって、そして何よりもこの国をモデルに議院内閣制を採用している政治後進国にとって、ブレア時代のイギリス政治を吟味することに一定の意義があることは間違いないだろう。 たまたま堤未果の米国ルポを読んだ直後に本書を手にとったということもあって、ちょっと一息つけるような落ち着いた読後感を得た。 ブレア政権は、一八年ぶりに政権を奪還した労働党政権として、サッチャー流の新自由主義を軌道修正し、福祉の再生を目指す社会民主主義的な「第三の道」路線を掲げてスタートしたことは周知の事実である。 実際、低所得者層に対する減税、子育て支援、教育予算の増額など、社会民主主義政権らしい政策をいくつも展開した。また、スコットランドやウェールズなどの地方分権も成立させた。同じような政治課題をもつ日本には良いモデルケースとして参照されるべき事例といえるだろう。 その一方で、大学教育の有料化や公立校への競争原理の導入などの新自由主義的な政策も打ち出され、結果として、目にみえるような形での格差の縮小を達成することはできず「格差のいっそうの拡大を食いとめるという程度」にとどまった。 つまり、ブレア政権には「伝統的な平等や社会正義の観念と、アメリカ的な拝金主義とが並存」していたといえる。どちらに重点をおいてみるかで政権の評価は違ったものになるだろう。 また、ブレア政権の評価を複雑にしているのは、外交である。イラク戦争では米国に最も協力した国として多くの批判をあびた。しかも参戦に際してはイラクに関する虚偽の情報を流し国民を欺いたことが後に明らかになった。 米国への軍事協力については、それ以外の選択肢がなかった、と好意的にみる解釈もあるようだが、二〇〇五年の世論調査会社MORIの調査では、政権のイラク政策について「反対」する国民が半数を超えた。こと外交の大問題に関しては、最終的には国民から支持を得ることはできなかった。 労働党がこれまで掲げてきた理念の中で「平等」は最も重要な概念の一つである。 著者の認識では、新しい労働党の掲げる平等理念は、能率業績主義(メリトクラシー)と密接に関連している。これはグローバリゼーションを前提とした社会における平等と競争が結びついた原理である。労働党の考える平等は、メリトクラシーの中での公平な競争に主眼がおかれているというわけである。これは一つの現実的なビジョンではあるだろう。しかし、山口はあえてこの考えに異議を唱える。それが本書の結論的なメッセージともなっている。 メリトクラシーの拡張によるイギリス社会の刷新という労働党の路線は、ある種の諦めに根ざした政策のように思える。資本主義経済を人間のニーズに合うように作り変えることはもはや政府の手に負える作業ではなく、人間を資本主義のニーズに合うよう形作ることこそが政府にできることだという諦めである。しかし、政治によって経済や社会のあり方を変えることができるという信念が、社会民主主義の原点にあるはずである。(p183)
by syunpo
| 2008-03-21 10:02
| 政治
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