●アルバート・アインシュタイン、ジグムント・フロイト著『ヒトはなぜ戦争をするのか?』(浅見昇吾編訳)/花風社/2000年12月発行
本書は、二〇世紀を代表する二人の科学者、アインシュタインとフロイトが取り交わした往復書簡である。一九三二年、国際連盟がアインシュタインに「人間にとって最も大事だと思われる問題をとりあげ、一番意見を交換したい相手と書簡を交わして下さい」と依頼したのが事の始まり。アインシュタインが選んだ問題は「戦争」。相手はフロイトだった。 アインシュタインは問う。 「人間を戦争というくびきから解き放つことはできるのか?」 フロイトは応える。 「人間から攻撃的な性質を取り除くなど、できそうにもない!」 しかし重要なのは、それに続く言葉であることはいうまでもない。 人間の攻撃性を完全に取り除くことが問題なのではありません。人間の攻撃性を戦争という形で発揮させなければよいのです。(p50) そこで、フロイトはいくつかの提起を行なう。 人間による戦争が破壊衝動のなせる業だとしたら、その反対の衝動、つまりエロスを呼び覚ませばよい。人間相互の感情と心の絆を作り上げるものは、愛情と一体感・帰属意識である。 さらに、すぐれた指導層をつくるための努力をこれまで以上に重ねていくこと。 フロイトは、簡潔に言葉を紡ぎ出しながら、最後に「文化の発展を促せば、戦争の終焉へ向けて歩み出すことができる!」と締めくくっている。 フロイトが述べているヒトの攻撃性をめぐる立論に対しては、今日の動物行動学や霊長類学の知見からして否定する者も多いだろう。だが、そのようなことは、本書を読むに際してさほど瑕疵になるとも思えない。 ここで注意を払うべきは、この書簡が取り交わされたのがナチス台頭前夜であった、という歴史的文脈である。アインシュタインは、この時、未だポツダム近郊にいた。軍靴の響きを肌で感じながら、戦争と平和についてフロイトとともに考えようとしたのである。 アインシュタインがその後、亡命先の米国でルーズベルト大統領宛にドイツより先に核兵器を開発するよう手紙を書き送り、やがてヒロシマとナガサキの惨状を知るに及んで後悔の念に駆られる、という経緯を知る現代人からすれば、ますますこの書簡を読むについては複雑な感情にとらわれ一筋縄ではいかなくなる。内容的に、今日の平和を考えるうえで刺戟的な言説が綴られているわけではないけれど、ある種の感慨や妙味を感じさせる書簡ではあるだろう。 ちなみに、今、「戦争」を動物としての根源的な次元できちんと考えてみたいという人には、山極寿一の『暴力はどこからきたか』が示唆に富んでいると思う。
by syunpo
| 2008-04-11 10:03
| 思想・哲学
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